3 魔法の特訓(応用編)
「それでは少しだけ、応用編の話をしましょうか。先ほどはライトの範囲が意図せずに広くなったようですし、ソウタさんには早めに魔力の扱いに慣れてもらった方が良さそうですから」
「……お願いします」
僕も魔法について詳しくないし、リンドウは産まれたばっかりだし、話を聞いておいて損はないだろう。
「たとえば、炎系統の魔法で言いますと……ファイア!」
まるでライターに火を点けたときのように、一本だけ伸ばしたユーニスの指先に小さな炎が現れた。
「何かに火を点けるときに使う魔法です。この魔法を応用すると……ファイアーアロー!」
伸ばした指を奥の壁に向けると、炎の矢がまっすぐ飛んでいった。
「呪文が違うのでわかりにくいかもしれませんが、やっていることは最初の魔法の応用に過ぎません。イメージを発展させて魔力を多く使うことで、異なった効果を出してるだけです」
つまり……ファイアが使えれば、ファイアーアローも使えるってことかな?
「これをさらに応用すれば……ファイアーボール!」
——ドオオオォォォォン‼
「うわあぁぁぁ……」
いきなり、ユーニスが指差した先に直径三メートルほどの火球が現れて、火の粉をまき散らしながら爆発した。
身体の芯まで振動が伝わる。音が大きすぎて耳が痛い。
花火大会で、巨大な花火をすぐ下から見たときの記憶が蘇る。
壁が黒焦げになってるけど……これぐらい、よくあることなの?
マイヤーはにっこり微笑んだままで、表情一つ変えてないけど。
「今のは範囲を広げて威力も上げたパターンですが、炎の矢を複数の的に向かって飛ばすようなこともできます。大事なのは魔力とイメージ……。何度か実際にやってみれば、コツが掴めると思いますよ」
なるほど。大事なのは魔力とイメージか。
イメージする力には自信があるけど、魔力はよくわかってないから……。細かいところは全部、リンドウに任せるかな。
「それじゃあ、ちょっと試してみても良いですか?」
「どうぞどうぞ。危ないと思ったら私が責任を持って止めますから」
「この部屋は壁や天井を魔法で強化してありますから、思い切りやっても大丈夫ですよ」
魔法が得意な二人がそう言うのなら、安心して試せるね。
たぶん、ユーニスが見せてくれたのが標準的なサイズだから、あれぐらいをイメージして……。頼んだよ、リンドウ。
「ファイア!」
僕の指先に、ユーニスが出したのと同じサイズの炎が現れた。
「それが基本のサイズですから、覚えておいて下さいね」
「わかりました。ここから続けて……ファイアーアロー!」
呪文にあわせて腕を振ると、炎の矢が勢いよく飛んでいった。
焦げた壁にぶつかって、そのまますっと消える。
「良い感じです。ちゃんと魔力を制御できているようですね」
「ちょっと、応用してみますね。……ファイアーアロー!」
炎の矢が同時に五本現れて、それぞれ別の場所に命中した。
複数の矢を飛ばせるって言ってたから、試しにやってみたんだけど……。僕の狙いをリンドウが、ちゃんと読み取ってくれたようだ。
声に出さなくても連携は完璧……。すごいな!
心の声で褒めてやると、紫水晶の奥で白い点が明るく輝いた。
「なるほどなるほど……。大事なのはイメージなんですね。だとしたら、こんなことも……ファイアーウォール!」
頭に浮かんだ呪文を唱えると、部屋の奥に巨大な炎の壁が現れた。
見たことも聞いたこともないような魔法でも、イメージさえしっかりしてればなんとかしてくれるのか……。素晴らしい!
これって、新しい魔法をどんどん作れるのでは?
「魔法を覚えたばかりとは思えないほど、見事な応用ですが……。魔力は大丈夫ですか? ソウタさん。見習いレベルの魔法使いだと、意識を失うほど規模の大きい呪文ですよ。これは」
「そもそも、見習いレベルでは発動出来ないかと……」
リンドウに夢中になっていると、心配しているような驚いているような呆れているような、不思議な声が聞こえてきた。
「あっ、すみません。つい、夢中になっちゃって……ディスペル!」
炎の壁が姿を消しても、訓練場には熱気が残っている。
ちょっと、やり過ぎたかな……?
「一つ、宜しいでしょうか?」
「何か気になることでもあったの? マイヤー」
「ソウタ様が呪文を唱えても、魔力の流れが感じられなかったのですが……。これは、私の勘違いでしょうか? ユーニス様の鑑定ではどうなってますか?」
「まさか、そんなハズはないと思うけど……。ソウタさん、少し動かないでもらえますか?」
「あっ、はい……」
真面目な表情のユーニスが、僕の顔を覗き込んでくる。
ルビィやトパーズに至近距離から見つめられるのは大丈夫だけど、綺麗なエルフのお姉さんは……。何も悪いことはしてないはずなのに、身体が勝手に緊張してしまう。
「あら……おかしいわね。魔力が全く減ってないみたい」
顔を見てるだけで、ユーニスには相手の魔力がわかるの?
ここは魔法が普通に使われている世界だし、相手の魔力を読み取れるのはメリットが大きそうだけど……。これも賢者の力なのかな? マイヤーは『鑑定』って言ってたっけ。
冒険者として働くなら、こういうスキルがあると便利そう——
「……ソウタさん? 何か心当たりがあるのでしたら、私たちにも教えてもらえませんか? もちろん、無理にとは言いませんが……」
関係ないことを考えてるのがバレた?
いつの間にかユーニスは、にっこり微笑んでいた。
……顔は笑ってるけど目は真剣で、少し怖いです。
さて、どうするべきか……。
これから先も、ユーニスやアラベスやマイヤーの前で魔法を使うことがあるだろうし、ずっと不思議に思われたままでいるのも心苦しいし。
最初に、ちゃんと説明しておいた方が良いかな?
「えーっと……ごめんなさい。実は、魔法を使ってたのは僕じゃないんです」
「……どういう事ですか?」
「僕の代わりに、この指輪が魔法を使ってくれて……。これ、ユーニスにもらった指輪を参考にして、さっき造ったんです」
「えっ? ……ええっ⁉ でも、そんな……。そんなまさか……」
よっぽど衝撃が大きかったのか、大きく目を見開いたまま、ユーニスは動かなくなってしまった。
そんなに変なことを言ったかな……?
ユーニスは僕がオニキスを造ったのを知ってるはずだし、オニキスが勾玉になるのも知ってるし、指輪を造るのもそんなにおかしくないと思うんだけど。
「ソウタ様は魔法のアイテムを造れるのですか……?」
「ちょっと違います。僕が造れるのはゴーレムで……。この指輪も、本当はゴーレムなんです。リンドウって名付けました」
何があっても慌てないように、訓練されてるのかな?
不思議そうな表情を浮かべてはいるけど、マイヤーはまだ、落ち着いて話ができるようだ。
「特定の魔法が使えるようになる指輪や、自分のレベルよりも高いレベルの魔法が使えるようになる指輪の話なら聞いたことがありますが……。ソウタ様が作った指輪は、それらとは違うのですよね?」
「魔法に自信が無かったので、僕の代わりに魔法を覚えてくれて、使ってくれるゴーレムを造ったんです。良くできてるでしょう?」
「はい。とても良くできてると思います、けど……」
白いヘッドドレスの上に、大きな『?』が見えるような気がする。
もしかして、信じてもらえてない?
全部、本当のことしか言ってないんだけど……。そう言えばアラベスも、僕がオニキスを造ったって言っても、最初は信じてくれなかったっけ。
あの時は力試しまですることになって……大変だったなぁ。
「とにかく、この指輪のおかげで僕でも魔法が使えるってことで。続きを教えてもらっても良いですか?」
「そうですね。それでは、すぐに使えそうな魔法から……」
ちょっとした怪我を治す魔法、服や身体の汚れを落とす魔法、鍵をかけたり開けたりする魔法、物を重くしたり軽くしたりする魔法など。
知ってると便利な魔法を中心に、マイヤーからいろいろ教えてもらった。
落ち着きを取り戻したユーニスも、途中から先生役に復帰したけど……。どちらかというとユーニスは、攻撃系の魔法が得意なようだ。ちょっと便利になる系の魔法はマイヤーの方が上手そうだった。
賢者でも、得手不得手はあるんだな……。