閑話休題 女神の独り言
ようやく、お母様に言われた仕事が終わりました。
最近、何かあったのでしょうか? 仕事が増えています。
本当なら、全て妹たちに放り投げたいところですが、妹たちには他にも大事な仕事があるので、私が何とかするしかありません。
ここは長女として、仕事が出来るところを見せつけましょう。
えっ? どうして私には、大事な仕事が無いのかって?
それは、その……。良かれと思ってしたことが、実際には駄目な行動で。職場そのものが無くなっちゃったので……。
ちょっと、シロ。いきなり落ち込むようなことを思い出させるのは止めて。
秘密基地に居るときぐらい、のんびりしても良いでしょう?
私だって、少しは反省してるんですから……。
よく冷えたジュースを飲んで、気分を落ち着かせて……。
では、創多さんの見守りを再開しましょう。よく考えたらこれが、私の大事な仕事のような気もします。
たしか、最後に見たのは……。ベテランの冒険者が二人、創多さんに会いに来た日でしたね。エルフの賢者がユーニス、青い髪の魔法戦士がアラベスと名乗っていたはずです。
力を試すと言って、アラベスがオニキスさんに挑みましたが、オニキスさんは余裕の表情で攻撃を受け止めていました。
オニキスさんが勾玉から鉄の巨人に変化するのも、創多さんが傷跡を撫でただけで治すのも、違和感なく受け止められるようになりました。
……この状況に慣れて、本当に良いのでしょうか?
それなりに長く生きてきたつもりですが、こんなことをする人は、これまで見たことも聞いたこともないのですが……。
仕事の合間にでも、お母様に相談した方が良いのかもしれません。
☆
さて、ルビィさん。あれから、何か変わったことはありましたか?
ふむふむ……。ずっと、創多さんと一緒に馬車の旅だったと。抱っこしてくれる胸が温かくて、背中を撫でてくれる手が気持ち良かったと。
私が仕事で忙しかった間に、楽しい時間を過ごしていたようですね。
それはともかく、この景色は……?
なるほど。ゲートを使って妖魔の森に到着したところなんですね。
上から見たことはありますが、森に入るのは私も初めてです。
おや? 何かあったのでしょうか? 創多さんの雰囲気が変わりました。
さっきまでのんびり森を眺めていたのに、今は何かに焦っているよう。
えっ? シロまで、急にどうしたの?
……トパーズさんがこっちに向かっている?
お願いだから、もうちょっと落ち着いて説明してもらえる?
急に創多さんの居場所が変わったのに驚いて、トパーズさんが暴走して、ここに飛んでくることになった……?
でも、トパーズさんは村に残っていたのでは? かなり遠いでしょう?
ロック鳥に変身して、すごい速度で飛んでいるって……。
お願いだから、落ち着いて最初から説明してもらえる?
つまり……。私が真面目に仕事をしてた間、一人だけ村に残されて寂しかったトパーズさんと、シロはいろいろな話をしていたのね。
話の流れで、ロック鳥に変身する方法も教えてあげたと。
それぐらいなら、まだ良いけど……。
もっと危ない魔獣について、教えてあげたりしてないでしょうね?
ちょっと、シロ! 可愛いポーズでごまかそうとしても駄目ですよ!
シロを問い詰めている間に、トパーズさんが到着しました。
馬ぐらいなら丸呑みできそうなほど大きいトパーズさんが、創多さんに頭を撫でられて嬉しそうにしています。
当たり前のことですが、中身はまだ子どもなんでしょう。
えっ? 目的地まで、トパーズさんに乗って移動するんですか?
オニキスさんの腕に巻かれた革紐を手綱代わりに使って、背中から落ちないようにするそうです。
いつ、打ち合わせをしたのかわかりませんが、ルビィさんたち三姉妹の間で話がまとまっていたようです。
創多さんの胸に抱かれて、トパーズさんの背中に乗って空を飛ぶのは、自分の羽根で空を飛ぶのと全然違う体験でした。
上空から見る景色は素晴らしく、頬に当たる風は心地良い。
久しぶりに私も、自分の羽根で空を飛びたくなりました。その時は、私が創多さんを胸に抱いて一緒に大空を——
……どうして、ルビィさんの機嫌が悪くなってるのですか?
ああっ! なるほど。
ルビィさんも、創多さんを背中に乗せてあげたいのですね。
豹の姿なら問題ないと……。確かにそうですね。
その気持ちは私にもわかります。機会があったら互いに協力しましょう。
妖魔の森に、夏になっても雪が積もっている城があるのは、私だけでなくお母様や妹たちも知っています。
上から見てもわかるぐらい、目立つ場所ですから。
しかし、まさかそこに、創多さんを召喚した人が住んでいるとは……。私も一緒に行くことになるだなんて、予想してなかったです。
えっ? 一緒に行くのはルビィさんで、私は感覚を共有させてもらうだけだろうですって?
そういうあなたはトパーズさんに、同じようにさせてもらうのでしょう?
いつの間にか、すっかり仲良くなっちゃって……。こういうところは誰に似たのかしら?
何事も無くトパーズさんは、広場に降り立ちました。
私たちを降ろして身軽になったトパーズさんが、大鷲の身体に戻ります。
続けて創多さんが声を掛けると、今度はスズメの身体になりました。
……これぐらいは想定の範囲内ですよね?
大鷲が自分の力でロック鳥になる話より、創造主の言葉を受けてスズメになる話の方がわかりやすいですよね?
この、自分の中の常識があっさり塗り替えられる感覚が、創多さんの最大の魅力かもしれません。
えっ? 元はといえば私が、白い粘土をプレゼントしたのが原因?
そんな昔のことは忘れました。
いつまでも小さいことを気にしてると、大きくなれませんよ。シロ。
☆
執事に連れられて、創多さんが城に入っていきます。
……この執事、見た目は人間ですが中身は違いますね。
どうやら、かなり長い時を生きてきた悪魔族のようです。
創多さんに危害を加えないのであれば、どちらでも問題ないですが……。
そんなことより創多さんは、彫像や階段の装飾が気になるようです。
……こっそり注目しているのはメイドの衣装ですか? 創多さんの好みはメイド服⁉ 念のため、覚えておきましょう。
謁見の間で待っていたのは、巨人族の若い女性でした。
この女性が伝説の英雄……。名前はマルーンというのですね。
創多さんを召喚したのはマルーンで間違いないようです。
二人は赤い糸で結ばれていました。
いえ、私は何も気にしてませんよ?
嫉妬してるだなんて、そんな……。女神ともあろうものが一人の女性に嫉妬するだなんて、有り得ないでしょう?
シロの勘違いです。そうに違いありません。
何故か急に、メイド服が欲しくなっただけです。
伝説の英雄について執事が話をしている間、私は椅子に座っているマルーン本人をこっそり観察していました。
それにしても……どうしてこんなに気になるのでしょう?
雰囲気? 気配? 髪型が妹に似てるから?
理由はわかりませんが、何故か、春生まれの妹を思い出しました。
でも、妹は巨人族ほど背が高くありませんし、髪の毛は若草色です。
マルーンの黒髪とは印象が違いますし、そもそも、同じような髪型の人間は他にいくらでもいるでしょう。
そう言えば……。ずいぶん前に妹から、伝説の英雄の話を聞いたような気がします。そのことが、頭の片隅に残っていたのでしょうか?
次に妹と会ったときにでも、本人から話を聞いてみましょう。
「その、夢に出てきた女性と私と……。どちらが綺麗ですか?」
……私が考え事をしてた間に、話が変な方向に行ってませんか?
この小娘——いえ、言葉遣いを間違えました。
こちらのお嬢さんは、急に何をおかしな事を言い出したのですか?
創多さんの夢に出てきた綺麗なお姉さんとは、つまり私のことです。
女神である私と張り合おうだなんて、身の程知らずにもほどが——
「えっと……。タイプは違うけど、二人とも信じられないぐらい綺麗で、僕からしたら雲の上の存在で。だから比べようがないというか……。マルーンさんもすごく素敵だと思いますよ。女神さまみたいで」
ちょっと、創多さん?
そこはビシッと、私を選ぶところじゃないですか? 横に座っている女性が怖いのかもしれませんが、きっぱり本音を言うべきだったと思いますよ?
隠しきれなかった不機嫌が、ルビィさんまで伝わったようです。
横で見守っていたシロは、呆れたような顔をしていました。
いつまでも、ルビィさんの身体を借りてばかりじゃ駄目ですね。
何としてでも、創多さんと直接関わり合いになる機会を作らないと。
決して地上には降りないように、お母様から厳命されていますが、バレなければ大丈夫ですよね? シロも協力してくれるでしょう?
まずは作戦会議から……。忙しくなりそうです。




