閑話休題 執事長の仕事
私の名前はパーカー。
現在はマルーン様の執事長として、身の回りの安全を守り、過ごしやすい環境を整える仕事をしています。
妖魔の森の奥地へと引っ越してきた時はいろいろ大変でしたが、最近では部下の執事やメイドや下働きなども慣れたようで、私の指示が必要になる事態もかなり減りました。
代わり映えのない、落ち着いた毎日。
最近、お嬢様の睡眠時間が増えているのが気になりますが……。強大な力を授けられて、英雄として長く働いてきたのです。少しぐらいのんびりしても、許されるのではないかと思います。
「執事長。ユーニス様から緊急の連絡が入りました。至急、通信室にお越しください」
「すぐ行きます」
平日の夕方。執事長の部屋で溜まっていた書類を片付けていたところに、部下から声を掛けられました。
ユーニスは冒険者ギルドに所属している賢者です。
異世界人に詳しいこともあり、お嬢様から気に入られていて、この城にも何度か訪れたことがあります。
そんな彼女から緊急の連絡とは……。何があったのでしょう?
急いで通信室へと向かい、通信水晶に届いたメッセージを再生しました。
「ユーニスです。マルーン様が召喚した異世界人を発見しました。十五歳ぐらいの少年で名前はソウタ。野獣使いスキルと石像使いスキルを、どちらも高いレベルで所有しています。現在は氷龍山脈の南にある村に居て、明日の朝にはそちらに向けて出発する予定です。イムルシアのゲート経由で、三週間ほどで到着すると思われます。以上です」
とんでもないことになりました……。
ユーニスが断言していると言うことは、見つかった少年が、お嬢様が召喚した異世界人だと判断できるだけの根拠があるのでしょう。
所有しているスキルも気になりますが、まずは無事に、お嬢様と会ってもらうことが大事です。
ギルドから護衛を出すべきでしょうか?
しかし、私からの指示で護衛を手配すると、あっという間に話が広がってしまいます。それはそれで、問題が起きる可能性が高くなるでしょう。
「パーカーです。詳しいルートが決まり次第、連絡してください。少年の安全を最優先するように。必要なら、こちらからも護衛を出します」
とりあえず、必要最低限のメッセージを返しておきました。
護衛の問題は、いざとなったら私が行けば良いでしょう。
あとは、お嬢様への報告ですが……。寝ているお嬢様を、無理に起こす必要はなさそうです。
数日中には目が覚めると思われるので、その時に報告しましょう。
何度かユーニスとやりとりをして、召喚された少年が城に到着するまでの方針が決まりました。
イムルシアの首都にあるギルドの支部で、冒険者として登録すること。
能力値が判明したら、詳しい情報を送ること。
少年の護衛にはユーニスだけでなく、ダイヤモンドランクの冒険者であるアラベスもついているそうです。他にも強力な護衛が居るようですが……。詳しい話は城に着いてから報告すると言われました。
少年の情報が入ってから、お嬢様は朝起きて夜眠る生活に戻られました。
それまでの、一週間も二週間も寝続ける生活より健康的だと、部下の執事やメイドたちも喜んでいます。
☆
一週間ほどで無事に、少年がイムルシアの首都に到着したようです。
ギルドの支部で魔方陣を使って調べた情報が、ユーニスから届きました。
しかし、この能力値は……。
器用度こそかなり高いですが、どの値も人間の範囲内です。
お嬢様は自分の後継者を召喚すると言ってましたが、この能力値では、英雄と呼ばれるようになるのは難しいのではないでしょうか?
ユーニスの報告によると、野獣使いスキルと石像使いスキルを高いレベルで所有しているようですが……。そう言えば、石像使いはいろいろと謎の多いスキルでしたね。時間があるときにでも、ちゃんと調べておかないと。
翌日。無事にゲートを通過した報告が入りました。
妖魔の森は危険な場所ですが、ゲートの周辺には、それほど強力な魔獣は居ません。あとはギルドが作った町で、城に出入りしている商人と合流すれば、問題なくここまで来られるはずです。
何事も無ければ、少年の到着は五日後でしょうか?
お嬢様は……今はちょうど、昼食の時間ですね。
食後のお茶を出すときにでも報告しましょう。
「執事長‼ 南西の方角から、巨大な鳥が接近しています! 大至急、ご確認ください!」
「わかりました。すぐ、確認します」
お嬢様への報告を終えて一息ついていたタイミングで、部下の一人が部屋に飛び込んできました。
一瞬、悪い冗談かと思いましたが、私にそんなことをする人間は、この城には一人しか居ません。この部下は大丈夫です。
「あれです!」
「あれは……ロック鳥⁉ そんな馬鹿な……。ロック鳥は全て、この大陸から出て行ったはずでは……」
急いでバルコニーに出て、遠見の魔法を使います。
部下が指差す先に、確かに大きな鳥が居ました。
単独で飛行している鳥の大きさを把握するのは困難ですが、見慣れた森の風景と比較することで、何とか理解できました。
広げた翼の端から端までで、三十メートルほどでしょうか?
身体は巨大な大鷲ですが、ティアラのようにも見える金色の冠羽が、ロック鳥の特徴を示しています。
「執事長。あの大きな鳥……誰か乗ってませんか?」
「あれはまさか……。ユーニス?」
ユーニスとは何度か話をした覚えがあります。
まだ距離が遠いのではっきりしたことは言えませんが、鳥に乗っている金髪の女性は、彼女に良く似ているように思われます。
ということは、横に居るのが例の少年でしょうか? 少年の横で、身を乗り出すようにして周囲を眺めている青髪の人物は……。
そう言えばユーニスがこの城に来たとき、アラベスと名乗る青髪の女性と一緒だったのを思い出しました。
もう、間違いないでしょう。
「私はお嬢様に、現在の状況を報告してきます。あなたは各部署に、こちらから手を出さないように連絡してください」
「了解しました!」
さすがお嬢様です。
私が報告に行ったときには既に、巨大な鳥の接近に気付いてました。ユーニスやアラベスが乗っているのも察知してました。
まさかとは思いますが、妖魔の森への到着を報告したときからずっと、気配を探ってたのでしょうか? それぐらい、やろうと思えば簡単にできるのがお嬢様ですから……。
お嬢様はいそいそと、謁見の間へ向かわれました。
少年——報告によると名前は『ソウタ』でしたね。ソウタ殿の到着が、よっぽど待ちきれないようです。
彼を出迎えるために、私は急いで城門へと向かいました。
☆
城壁の内部。門のすぐ横に、見張り部屋があります。
急ぎ足で部屋に入り、外からはわからないように加工してある小窓から、外の様子を確認します。
私が見たときには既に、ロック鳥は空き地に降りていて、その背中からソウタ殿が降りてくるところでした。
ソウタ殿に続いて降りてきたのは……鉄の人形? 小型アイアンゴーレム?
そう言えば、石像使いスキルも持っていると、報告にありましたね。
土のゴーレムであのサイズなら特に珍しくもないですが、鉄となると話が違ってきます。かなりレベルの高い——えっ⁉ 今、何をしましたか?
しっかり注視していたはずなのに、目で見た光景が理解できません。
鉄のゴーレムが黒い勾玉に変化した……?
そうするのが当たり前のように、ソウタ殿は勾玉を首に掛けました。
驚きの光景はさらに続きます。
ソウタ殿が何か声を掛けると、巨大なロック鳥の身体が縮んで、普通の大鷲サイズになりました。もう一声掛けると、さらに縮んで小鳥サイズになって、ソウタ殿の肩に止まりました。
これは……何が起きているのですか?
もしかして、ロック鳥に実身変化の魔法を掛けたのでしょうか?
それとも、大鷲が本来の姿で、ここに来るまでロック鳥に変化していた?
どちらにしても、身体の変化を理解できなくて、相手が混乱するだけのような気がしますが……。レベルの高い野獣使いは魔獣を完全に使役できるそうですから、問題ないのかもしれません。
それ以前の問題として、どこでロック鳥を知ったのでしょう?
胸に抱いているのは二尾魔猫ですよね? 滅多に見ることがない、珍しい魔獣のはずですが……どこで契約したのでしょうか?
謎は深まるばかりです……。
ユーニスたちが歩き出したのを確認して、城門の前へと移動します。
手を挙げて指示を出すと、扉がゆっくり開きました。
「お待ちしておりました。ユーニス様、アラベス様」
「お久しぶりです、パーカー。この方が、マルーン様の依頼で探していたソウタさんです。連絡してあるはずですが……」
この少年が、お嬢様が召喚した異世界人……。
普通の人間にしか見えませんが、普通で無いことは既にわかっています。
そういう私も人間に偽装している身なので、人のことは言えませんね。
「はい。伺っております」
ソウタ殿の視線が、少し気になります。
まさか、私の完璧な偽装が見抜かれた訳では無いでしょうが……。
念のために表情を抑えた状態で、ソウタ殿の解析を行いました。
私の解析は隠されたスキルまで読み取れるのが自慢ですが、視線を合わせた状態で無いと使えないのが欠点です。
これまで、この欠点が気になったことは一度も無かったのですが、ソウタ殿のスキルを読み取った瞬間、激しく後悔しました。
動揺を顔に出さずに済んだのは、執事の仕事を千年以上も真面目に務めてきたおかげでしょう。
能力値は普通……。野獣使いが思ってたより低い?
石像使いは見習いレベル? 生命創造……。生命創造⁉
ついさっき自分の目で見た情報と、解析した結果が矛盾しています。
いえ。百歩譲って、レベルが矛盾しているのは良しとしましょう。
しかし、生命創造スキルは……有り得ない‼
そんなこと有り得ないのですが、考え込んでいる時間もありません。
執事長としての仕事を続けなければ……。
「ソウタ殿、はじめまして。マルーン様の執事長を務めている、パーカーと申すものです。どうぞ、お見知りおきくださいませ」
「あっ、はい。はじめまして、ソウタです。よろしくお願いします」
軽くお辞儀をして、ソウタ殿を城へと案内します。
彼の血圧も心拍数も大きく変動していないようですし、執事としての対応に問題はなかったと思われます。
ユーニスやアラベスが笑顔を浮かべているのは、おそらく、マルーン様がソウタ殿に会ったときのことを想像しているのでしょう。
☆
お嬢様の元へとソウタ殿を案内して、無事に会談が始まりました。
……最初に、お嬢様がちょっぴり暴走しかけましたが、これぐらいは無事と呼べる範囲でしょう。
ソウタ殿が召喚された異世界人だとわかった瞬間、お嬢様の感情が高まりすぎて危ないラインを越えそうでしたが、何とか危機を乗り越えました。
お嬢様について、詳しい話は私が説明しました。
その間に、メイドたちがお茶の準備をしたのも予定通りです。
本当に大事なのはこのあとのお茶会でソウタ殿に、出来るだけ良い印象を持ってもらうことですから。
後継者の話を断られるのも、想定の範囲内です。
しかし、ソウタ殿の見た夢の話は、完全に想定外でした。
夢に出てきた女性とは……。もしかして、原初の女神でしょうか?
その時に何らかのやりとりがあって、生命創造のスキルを授けられた?
『この大地に生きるものに、あとは任せます』
そう言って、原初の女神は天界へ帰ったと、亡くなった母から聞いた覚えがあります。……つまりソウタ殿の夢は、天界で実際にあった話?
そう考えれば、彼が生命創造のスキルを持っているのも納得できます。
仮にそうだとして、どんな理由があって、ソウタ殿は生命創造のスキルを授けられたのでしょう?
さっぱりわかりません……。
「一つ、大事な質問があります」
おや……? 英雄としての直感で、お嬢様は何か閃いたのでしょうか?
「その、夢に出てきた女性と私と……。どちらが綺麗ですか?」
……どうやらお嬢様は、ソウタ殿の夢に出てきた女性をライバルと認定したようです。
「えっと……。タイプは違うけど、二人とも信じられないぐらい綺麗で、僕からしたら雲の上の存在で。だから比べようがないというか……。マルーンさんもすごく素敵だと思いますよ。女神さまみたいで」
「まぁ、そんなに……? もう、ソウタ君ったら……。恥ずかしい……」
まさか、ソウタ殿の口から“女神”という単語が出るとは……。
ありったけの精神力をつぎ込んで、私は冷静な表情を保ちました。
女神に例えられたことを、お嬢様は素直に喜んでいるようです。
頬を赤くして恥ずかしがっているお嬢様を、久しぶりに見ました。
……そうですね。いろいろ考えるのは後で良いでしょう。
どうして、野獣使いスキルや石像使いスキルのレベルが低いのか?
どこでロック鳥を知ったのか? どこで二尾魔猫を使役したのか?
勾玉に変化する鉄の人形の正体は? などなど……。
気になることは山ほどありますが、そんなことより、お嬢様に喜んでいただく方が大事です。
それが私の仕事ですから。