10 執事長の報告
創多が初めて城に来た日の夜。
マルーンは自分の部屋で、執事長のパーカーから報告を受けていた。
「ソウタ殿の住居についても予定通り、こちらで用意していた候補の中から選ばれました。準備が出来るまでは、城に滞在していただきます」
「ここまでは順調ね。それでは……あなたが視た情報を教えてもらえる?」
「はい。まずは肉体的な特徴ですが、ソウタ殿は普通の人間でした。ユーニスの報告にあったとおり、器用度が高いですが、これも人間の範囲内です。他の種族であればもっと器用な人も居ますから、ソウタ殿が特別である理由にはならないと考えています」
「そこまでは私の見立てと同じね。……続けて」
「スキルを解析した結果、『自動車運転』や『モデリング』など、こちらの世界では習得も使用も出来ないようなスキルが確認されました。ソウタ殿が異世界人であることも、間違いないと思われます」
「私が召喚したんだから……。そうでしょうね」
剣の達人なら剣を交えた瞬間、剣の実力がわかる。
魔法の達人なら魔法を使うところを見れば、魔法の実力がわかる。
優れた賢者ならスキルを使うところを見ただけで、どんなスキルをどれぐらいのレベルで使っているのかわかる。
パーカーは長い人生の中で賢者としての能力をさらに進化させて、相手が隠し持っているスキルまで読み取れるようになっていた。
「他にもスキルが見つかりましたが、どれも理解に困るものばかりで——」
「あなたが困った顔を見せるだなんて、何百年ぶり? これだけでも、彼を召喚した価値があったというものね」
「お嬢様……。そんなにのんきな話ではありません」
産まれたときから私の面倒を見てくれているパーカーは、今となっては唯一の家族とも言えるような存在です。
そんなパーカーの貴重な表情を見られたのだから、少しぐらい喜んでも許されるのではないかしら?
「まず、野獣使いスキルですが……。ユーニスの報告と私の解析で、異なる結果が出ました」
「ええっ⁉ そんなことが有り得るの……?」
ユーニスが持つ賢者としての能力を、私は疑ってません。
だからこそ、この時間は、ユーニスでも見抜けなかったスキルを、パーカーから詳しく聞く予定だったのに……。前提とした条件が間違ってた?
「ソウタ殿が使うスキルを見て、ユーニスはレベルの高い野獣使いスキルと判定したようですが、実際にはそれほどレベルが高くありません。見習いから中堅クラスと言ったところでしょうか」
「彼が連れていた白猫とスズメが、使役している魔獣よね? 白猫は二尾魔猫だし、スズメの正体は大鷲だって聞いたけど……。中堅レベルの野獣使いがこのクラスの魔獣を使役するなんて、それこそ有り得ないでしょう?」
「おっしゃるとおり、普通は有り得ません。ですから、ユーニスが鑑定に失敗したのも仕方がないと思われます」
「……何がどうなってるの?」
いつもなら、何があっても表情を変えないパーカーが、さっきからずっと眉間にシワを寄せたままです。
どうやら本当に、深刻な事態が起きているようです。
「考えられるとしたら……。何らかの理由で相手を気に入って、レベルの高い魔獣が自分から従っているケースでしょうか。これなら、ソウタ殿の野獣使いレベルが高くないのも説明がつきます」
「中堅クラスの野獣使いが、レベルの高い魔獣に気に入られるって……。話が矛盾してないかしら?」
レベルの高い野獣使いが強い魔獣を従えているのは、普通の話です。
二匹同時に使役しているのは珍しいですが、まだ、理解できる範囲です。
しかし、パーカーの説明が正しいとすると……。ソウタ君はどうやって、魔獣に気に入られたのでしょうか? よくよく考えると、二尾魔猫なんて珍しい魔獣と、どこで出会ったのかも気になります。
「気になる点がいくつもありますが……。野獣使いスキルの話はまだ、説明しようと思えば不可能ではない話です」
「その言い方だと、他のスキルの話はもっと有り得ないってこと?」
「はい。私の解析では、石像使いスキルは見習いレベルでした。ユーニスからの報告では、鉄の巨人をソウタ殿が造ったことになってるのですが——」
「ちょっと待って! ちょっと待って……。何がどうなってるの?」
『異世界人は特殊な力を持っていることが多い』
異世界人について、よく言われている言葉です。
理由ははっきりしていませんが、世界を渡るときに何らかの力が働いて、自分が望む力を手に入れると考えられています。
私も、そう認識していました。だから、ソウタ君が野獣使いスキルと石像使いスキルを高いレベルで持っていると聞いても驚かなかったのです。
でも、その認識が間違ってたとしたら……?
「野獣使いスキルと石像使いスキル……。スキルを二つ取得したから、どちらも低いレベルになったとか?」
「可能性はあります。ですが、世界を渡るときに低いレベルでスキルを取得しても、特にメリットがありません。こちらの世界に着いてから、自分の力でスキルを取得しても同じことですから」
言われてみればその通りです。
それに、見習いレベルのスキルを『特殊な力』とは言えないでしょう。
けど、ソウタ君はその力で、強い魔獣を二匹も従え、常識では考えられないようなゴーレムを作成している……?
有り得ない話です。何か、大きな矛盾を感じます。
「まさかとは思うけど……。スキルを隠す力を持っている可能性は?」
「それも有り得ないと思われます。何故なら……私の解析でもう一つ、理解に困るスキルが見つかりましたから」
パーカーの眉間のシワが、さらに深くなった気がします。
話の続きを聞くのが怖い……。こんな感情を抱くのは何年ぶりでしょう?
魔王が暴走したと聞いたときでも、もっと落ち着いてたと思います。
「その、スキルとは?」
「生命創造……。遙か昔、原初の女神が命あるもので大地を満たすのに使ったと言われている、伝説のスキルです」