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8 英雄の後継者

 大戦が終結した後も、英雄は各国の指導者に睨みを利かせ続け、新たな戦争を防ぐための抑止力となった。

 同時に、一人ではいつまでも平和を維持できないことを悟り、後継者探しに力を入れる。

 警察、軍隊、衛士隊、聖騎士団など。

 国ごとに強い者を効率よく集める仕組みはあるが、その枠組みに収まるようでは後継者の候補にもならなかった。

 枠組みを外れた者の集まりとして冒険者ギルドが存在するが、ここでも未だに後継者にふさわしい人物は見つかっていない。


「私と同じぐらい強い人が見つからなくて……。もう、強ければ誰でもいいと思って古龍に頼んだりもしたけど、あっさり断られたのよねぇ。『人のことは人がどうにかしろ』、ですって」

「それは……。頼まれた古龍の方も、困ると思いますが……」

 メイドが入れてくれた美味しいお茶。

 ワゴンで運ばれてきた高級そうなスイーツ。

 パーカーの話に他の三人が茶々を入れるのを聞きながら、女子会のような雰囲気をこっそり楽しむ。

 話の間にメイドが別のテーブルを用意して、ルビィにはミルクを、トパーズには水を出してくれた。


「ソウタ殿は金貨をじっくり見たことはありますか?」

「それは……無いですね。そもそも、こっちの世界に来てから、お金を使ったことが一度も無いかも」

「では、これをどうぞ。表面をよく見て下さい」

 テーブルの向かい側に座っていたアラベスが、身を乗り出すようにして金色のコインを手渡してくれる。

 硬貨に刻まれた横顔は、すぐ隣に居る女性の横顔とそっくりだった。

「これって……。マルーンさん⁉」

「まぁ、恥ずかしい……。そんなに見ないで下さい……」

 何度も視線を動かして、両者をじっくり見比べてしまう。

 頬に手を添えて、マルーンは恥ずかしそうに身体をくねらせている。

 僕よりずっと背が高いけど、可愛いなぁ……。

「金貨のデザインにもなっているのが、冒険者ギルドの創始者で、大戦を終わらせた伝説の英雄。あなたを召喚したマルーン様です」

「もうおわかりでしょうが、マルーン様は後継者を探してまして——」

「いやいやいやいや……。冗談ですよね? 後継者を探していて僕を召喚したってことは、つまり僕が……?」


 漠然とした不安を抱えたまま、周りの人たちの表情を確かめる。

 右に座っているユーニスは、にっこり微笑んでいる。

 正面に座っているアラベスは、なんだか楽しそうだ。

 左に居るマルーンは視線を逸らしたけど、頬が赤くなってる?

 少し離れたところに立っている執事に視線をやると、パーカーは困ったような喜んでいるような複雑な表情を浮かべたまま、ゆっくり首を縦に振った。

「それじゃあ、本当に……? 僕がマルーンさんの後継者になるなんて、どう考えても無理があると思うんですけど……」


 マルーンの後継者になるって……。

 国に睨みを利かせて、戦争を防ぐ抑止力になるってことなんだよね? 元の世界で言うと、核弾頭を装備したICBMみたいな存在?

 僕がそうなるのは不可能だと思うけど……。

 似たようなゴーレムなら造れるかな? やれば出来る?

 いや、でも……。罪の無い人まで巻き込んで、無差別に破壊しまくるようなゴーレムなんて造りたくないな。

「どうしても、駄目ですか……?」

 優しく声を掛けてくれたのは、右に座っているエルフのお姉さんだった。

「はい……。僕には出来そうに無いです」

「にゃあっ!」

「ピィピィ!」

 隣のテーブルから、相棒たちの鳴き声が聞こえてくる。

 ルビィがドヤ顔してるけど……それはどういう意味なのかな? 僕には無理って認めてくれてるの?

 トパーズは真剣な表情に見えるけど、スズメの真面目な顔は可愛いんだね。大鷲ならかっこよかったかもしれないけど。


「わかりました。では、この話はこれまでにして……。後継者については、根気よく探すということで宜しいですか? マルーン様」

「そうですね。その方針で……後継者が見つからないなら見つからないで、何とかなるでしょう」

 あれっ? 意外とあっさり話が終わった?

 真面目に話をしてたのはパーカーだけで、他の三人はお茶会を楽しむ雰囲気だったし、そんなに大事な案件じゃなかったのかな?

 そもそも、『異世界から召喚した人間に、平和を維持してもらう』ってアイデアに無理があるような気もするけど……。


「そんなことより……。ずっと気になってたんだけど、ソウタ君は私に怒ってるんじゃないの? いきなり召喚されて大変だったでしょう? 元の世界でやり残したこともあるでしょうし」

「そんな、怒るだなんて……。こっちの世界を選んだのは僕ですし、十年も時間がかかったのも、僕が原因かもしれませんし……」

「こっちの世界を選んだ……とは? どういう事ですか?」

「時間がかかった理由を知ってるんですか? ソウタさん」

 左からはマルーンが、右からはユーニスが、椅子に座ったまま身を乗り出すようにして僕の顔を覗き込んでくる。

 二人とも美人なんだけど、真剣な表情で見つめられるとちょっと怖い。

 猫に睨まれたネズミの気分? 前にもこんなことがあったような……。


         ☆


 この世界に着くまでの出来事を、僕は簡単に説明した。

 自分の部屋で寝ていたら、綺麗なお姉さんが夢に出てきて、召喚されたと教えてくれたこと。趣味の話で盛り上がって、お姉さんと長話をしたこと。

 お姉さんの説明によると、元の世界と異世界と、どちらでも選べる状態だったようで、軽い気持ちで異世界を選んだこと。


「ですから……。この世界を選んだのは僕ですし、時間がかかったのも僕が原因だと思いますし……。ごめんなさい」

「一つ、大事な質問があります」

 ちゃんと椅子に座り直して話を聞いてたマルーンが、再び、身を乗り出すようにして僕の顔を覗き込んできた。

「その、夢に出てきた女性と私と……。どちらが綺麗ですか?」

「えっ……? それって、そんなに大事な——」

「お願いします。答えて下さい」

「あっ、はい……」

 さりげなく周囲を確認すると、ユーニスは何か考え込んでいるようだし、アラベスは優雅にお茶を飲んでいる。

 パーカーはベテラン執事らしくポーカーフェイスのままだけど、何かの悟りを開いた表情のようにも見えた。

 これって……。答えるまで逃げられない状況⁉


 夢で会ったお姉さんは、全体的にゆるふわなイメージで、おっとりとした表情に長い栗色の髪が印象的だった。

 目の前に居るマルーンは清楚なお嬢様風だけど、背の高さも相まって、近くで睨まれるとちょっと怖い……かな。

 いや、でも……。このイヤな予感は何だろう?

 鉄爪熊(アイアンクローベア)に襲われたときよりも危ない感じ。

 ここは、よく考えて答えないと……。

「えっと……。タイプは違うけど、二人とも信じられないぐらい綺麗で、僕からしたら雲の上の存在で。だから比べようがないというか……。マルーンさんもすごく素敵だと思いますよ。女神さまみたいで」

「まぁ、そんなに……? もう、ソウタ君ったら……。恥ずかしい……」

 頬に手を添えてマルーンが恥ずかしそうに身をくねらせると、ストレートの黒髪がふわふわと宙を舞った。

 この答えで正解だったのかな……? 危機は去ったような気がする。

 隣のテーブルでルビィが、何故か不機嫌そうな表情になってるけど。

 トパーズの顔はわかりにくいけど、ちょっと呆れてる?


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