6 謁見の間
二人の後に続いて部屋へと入る。
分厚い絨毯。鮮やかな色合いのステンドグラス。横の壁にはいくつも武器がかかっていて、天井から大きなシャンデリアがぶら下がっている。
部屋の広さは、小学校の教室ぐらい? もう少し広いかな?
奥の方が三段ほど高くなっていて、いかにも王族が座ってそうな、背の高い椅子が置かれている。
その椅子には、一人の女性が座っていた。
艶のあるストレートの黒髪。黒い瞳。穏やかな表情。
長い髪の一部はアゴの辺りで切りそろえられていて、いわゆる姫カットと呼ばれる髪型のようだ。
相変わらず、女性の年齢はよくわからないけど……二十代半ばぐらい?
さっぱりした雰囲気のシャツに、足にまとわりつくような長いスカート。
白いシャツには凝ったフリルの装飾が施されていて、貴族の令嬢っぽく見えるけど——あれっ? この違和感はなんだろう?
……いや、ちょっと待てよ。
謎の違和感も気になるけどその前に、こういう時、どんな風に挨拶するのが正解なんだ?
僕を召喚したのはユーニスとアラベスの上司だって聞いてたから、派遣先の偉い人と会うぐらいの感覚だったんだけど……。あそこに座ってるってことは、この城の城主? 国王? 女性だから女王様?
前にアラベスがやったみたいに、膝をついて頭を下げればいいのかな?
城で謁見するときのお作法なんて、美大で習ってないよ……。
「お嬢様。ソウタ殿をお連れしました」
前を歩いていたユーニスがさりげなく横に移動し、アラベスがそっと背中を押して僕を前に出す。
いろいろ考えながら歩いている間に、女性の前へと着いていた。
「あなたがソウタ君ね! ユーニスに話を聞いてから、ずっと会えるのを楽しみにしてたのよ。突然召喚されて、いろいろ大変だったでしょう? 本当にごめんなさい。お詫びに、私に出来ることならなんでも——」
……考えていた挨拶が、全部吹っ飛んだよ!
まさか、サークルの先輩が部室に押しかけてきた時みたいな会話がはじまるとは思っても見なかったです。
「お嬢様! せめて、謁見の間に居るときぐらいはちゃんとした言葉遣いをしていただくように、あれほど注意したのに……。どうして……」
「あっ……! ごめんごめん。どうしても待ちきれなかったのよ。ちゃんとやり直すから許して、パーカー」
僕の頭が真っ白になってる間に、パーカーが椅子に座っている女性にツッコミを入れてくれた。最初は厳しい口調だったけど徐々に声から力が抜け、綺麗に伸びていた背筋が丸まって、すっかりうなだれてしまう。
これは……。見なかったことにするのが正解なのかな?
横に立っているユーニスは、手で口元を押さえて笑いをこらえているように見えるけど。背後から、小さな笑い声が聞こえてくるけど。
「では、気を取り直して……。私がこの城の城主である、マルーン・オースターです。ソウタ君、あなたを歓迎します」
「あっ、はい。はじめまして。天城創多です」
ようやく僕は、会いたかった人とちゃんと挨拶できた。
同時に、部屋に入ったところで感じた違和感の正体もわかった。
この人……。すごく背が高い!
僕は床に立っていて、マルーンは石造りの立派な椅子に座っている。
最初は段の上に椅子があるせいかと思ったけど、ここまで近づくと頭の位置がすごく高く感じる。僕より一メートルぐらい背が高そうだ。
ここに来るまでの間、街で何度か巨人族の人を見かけたけど……。マルーンもそうなのかな?
人間やエルフや魔族が暮らしてる世界なんだし、冒険者ギルドのお偉いさんが巨人族ってこともあるんだろう。たぶん。
「それじゃあ、早速だけど……。確認させてもらっても良い?」
「えっ? 確認って何を——うわっ!」
肘掛けに乗せていた左腕を、マルーンがゆっくり挙げる。
その動きに釣られて僕も、深く考えずに左手を挙げる。
何の気なしに自分の腕を見ると、いつの間にか手首に、細くて赤い糸が何重にも巻き付いていた。
「間違いありません。あなたが、ずっと会いたかった人……」
赤い糸を目で追うと、僕の左手首からマルーンの左手首へと伸び、同じようにぐるぐる巻き付いている。
マルーンの顔が嬉しそうに歪み、頬を大粒の涙が流れ落ちた。
「お嬢様。興奮しすぎると身体に良くないですから……」
「だってパーカー……。こんなの、嬉しすぎて……グスッ……」
段を駆け上がったパーカーが白いハンカチを出して、椅子に座っている女性の目元を優しく押さえた。