5 執事長
「ふぅ〜……んー……。はあぁぁぁ……」
僕が相棒たちと話をしている間、ユーニスは自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返していたようだ。
そんなに高いところが苦手なのか……。トパーズに乗せてもらう方が楽だと思ったんだけど、誘わない方が良かったのかも。反省。
「そろそろ落ち着いた? ユーニス」
「うん……。もう大丈夫よ。行きましょう」
アラベスの声を受けて、うなだれていたユーニスが顔を上げた。
怯えているような疲れたような、表現が難しい表情がすっと消え、いつもの穏やかな表情に変わる。
「ソウタ殿は私と一緒に来て下さい」
ユーニスが歩き始め、僕はアラベスと一緒に後ろをついていく。
壁の門へと続く道は馬車が余裕を持って通れるぐらいの幅で、高い壁の手前から緩やかなスロープになっていた。
鉄板で補強された木製の扉。扉の左右だけ太い円柱になっている城壁。
スロープをゆっくり上っていくと、重そうな扉が中央で分かれ、静かに左右へと開きはじめた。
白い手袋。きっちり締められたネクタイ。
シンプルなデザインの丸眼鏡。丁寧に整えられた白髪。
見た目には、年の頃は六十代後半といったところだろうか?
扉の向こうには、執事服姿の男性が立っていた。
「お待ちしておりました。ユーニス様、アラベス様」
「お久しぶりです、パーカー。この方が、マルーン様の依頼で探していたソウタさんです。連絡してあるはずですが……」
こっちの世界に来てから、眼鏡をしてる人を見るのは初めてかな?
ついつい、パーカーと呼ばれた男性を目で追いかけてしまう。
なんとなく、ファンタジーの世界だと片眼鏡が主流な気がしてたけど、この世界には普通の眼鏡があるんだな。
「はい。伺っております」
僕の方を見たパーカーと視線が合う。
レンズの奥の瞳がキラリと光ったような気がした。
ベテランの執事らしく、表情はピクリともしなかったけど……。怒ってるような感じは無い、かな? 大丈夫?
いかにも村人っぽい服装で、胸に猫を抱いて肩にスズメを乗せてるって、変な奴だと思われてない?
「ソウタ殿、はじめまして。マルーン様の執事長を務めている、パーカーと申すものです。どうぞ、お見知りおきくださいませ」
「あっ、はい。はじめまして、ソウタです。よろしくお願いします」
ここは握手をする場面じゃ無いのかな?
両手でルビィを抱っこしてるから気を使ってくれた?
先にパーカーが軽くお辞儀をしたので、僕もお辞儀をしておいた。
アラベスが何も言わなかったし、これで良いんだろう。たぶん。
執事喫茶に行ったことすら無いし、本物の執事との対応なんてわからないよ!
「それで……。いろいろあって、思ってたより早く着いたのですが、マルーン様の予定はどうなってますか?」
「皆様の到着が待ちきれなかったようで、お嬢様は既に謁見の間でお待ちになっております」
「あらあら、それは急がないと……」
「ご案内しますので、こちらへどうぞ」
滑らかな動きで、パーカーが門の奥へと手を向ける。
きっちり敷き詰められた石畳。城壁の部分は短いトンネルになっている。
壁を抜けた先は短い通路になっていて、立派な城がすぐそこに見えていた。
ここだけ雪かきをしたのかな? それとも、雪が積もらない魔法でもかかってるのか……。石畳の通路には雪が一粒も無かったが、通路を外れた地面には十センチほど雪が積もっている。
冷たい空気を肌に感じ、ここだけ冬になっているのを実感する。
全部で……五階建て? 六階建てなのかな?
トパーズの背中から見たときはよくわからなかったけど、西洋風の城はかなり凝った作りで、獅子や騎士の彫像があちこちに飾られている。
「足元に気をつけて——」
「えっ? ああっ! すみません、助かりました」
大きな扉へと続く、ゆったりとした作りの短い階段。
段差に躓きそうになったところで、アラベスが声を掛けてくれた。
正式な玄関と思われる大扉から城に入り、玄関ホールの階段を上る。
前を歩くパーカーとユーニスに続いて、こっそりあちこち眺めながら歩く。
暖房が効いているようで、城の中は過ごしやすい温度だった。
高い天井。白い壁を飾る彫刻。装飾の施された鉄製の手すり。
装飾品はそれほど多くないけど、どれもセンスが良い。
廊下をまっすぐ進んで、曲がって、さらに進んで階段を上って……。
いつの間にか、何階に居るのかもわからなくなってるけど、横にはアラベスも居るし、大丈夫に違いない。
「あちらのお部屋で、お嬢様がお待ちです」
たぶん、一緒に移動している四人の中で、僕だけ目的の部屋を知らないのを気にしてくれたのだろう。
角を曲がったところで前を歩いているパーカーが振り返り、廊下の先にある大きな扉を手で指した。
「あっ、はい。ありがとうございます」
城に入って初めて目にする、豪華な装飾が施された大きな扉。
扉の横には二人のメイドが佇んでいる。
……メイドさん⁉
白いヘッドドレス。白い丸襟。白いエプロン。
中に着ているのは、足首まで隠れるタイプの黒いワンピースかな?
大きい城だし、執事がいるのならメイドがいてもおかしくないか。
「どうぞ、お入りください」
ショートカットのメイドさんと、眼鏡を掛けたメイドさん。
それぞれ、左右の扉の前に立ったメイドが、扉をゆっくり開けてくれる。
前を歩いているユーニスもパーカーも、歩くペースを落とすことも無く、そのまま部屋へと入っていく。
個人的には、メイド服をじっくり観察したいところだけど……。そんなことをしてる場合じゃ無いのは僕でもわかった。