2 妖魔の森
妖魔の森と呼ばれるような場所でも国境のチェックはあったが、冒険者ギルドの認識票を見せただけであっさり終わった。
「ユーニスとソウタ殿はここで待っててもらえますか? 私はそこの村で、何か変わった情報がないか聞いてきます」
僕とユーニスに声をかけて、アラベスは村の方へと走っていく。
さっきまで居た国だとゲートから街まで少し離れていたが、ここはゲートのすぐ横に小さな村があった。
最近、出来たばかりの村なのかな?
太い柵で囲われた村はそれほど大きくない木造の建物ばかりで、どれも建てられてからあまり年数が経ってないように見える。
「僕を召喚した人……。ユーニスさんとアラベスさんの上司は、この近くに住んでるんですか?」
「ここから北に向かって、徒歩で五日ほどでしょうか。前に来たときから変わってなければ、もう少し北に行ったところに冒険者ギルドが作った小さな町があるはずです。今日はそこに泊まって、明日からは森歩きですね」
「森歩き、ですか……」
話をしながら僕は、森の方へと視線をやった。
どこか遠くから聞こえてくる不思議な鳴き声。
くすんだ紫の葉。灰色の太い幹。痛そうな棘が生えたツタ。
枯れているのか育っているのか、見た目ではわからない下草。
離れたところから眺めているだけで、妖魔の森と呼ばれるにふさわしい、妖しい気配を感じてしまう。
「私は、ここに着いたことを上司に報告しておきますね。外から眺めるぐらいなら良いですけど、森に入っちゃ駄目ですよ。ソウタさん」
「あっ、はい。わかりました」
僕が森を見ている間に、ユーニスは背負っていたリュックから携帯用の通信水晶を取り出していた。
一緒に移動している間に何度か使う姿を見たけど、どこからでも声でメッセージを送れるのは便利そうだ。
もっとも、このサイズの通信水晶は毎日魔力を込める必要があるので、ある程度レベルの高い魔法使いじゃないと使いこなせないらしいけど。
通信水晶にメッセージを吹き込んでいるユーニスから視線を逸らし、妖しい森をのんびり眺める。
こんな森でも、ウサギやリスみたいな小動物がいるんだろうか? 食べられるような果物はある? オークやゴブリンが住んでるって話だから、たぶん、何かあるんだろうけど……。
ベレス村の近くの森に、トパーズを置いてきたのは正解だったかな——
ここに居ない相棒を思い浮かべた瞬間、何故か脳裏に、妙に焦っている雰囲気が伝わってきた。
トパーズ、どうしたの? 何かあった?
……急に僕の位置が変わったからびっくりした?
ごめんごめん、心配させちゃったね。さっきゲートを使って、別の国に移動したところなんだよ。
トパーズとのやりとりに、僕も慣れてきたのかな?
最初の頃は『どこー? 心配! 会いたい‼』といった感じで、感情や雰囲気がなんとなく伝わるだけだったけど、最近は細かいニュアンスまでわかるようになってきた。
この調子だと、普通に会話できる日も近そうだ。
こっちは大丈夫。ルビィやオニキスも居るし、心配ないよ。
今は妖魔の森ってところに居るんだけど——えっ? これから来るって⁉
来るって……ここに? そこからだと、かなり遠いんじゃないの?
本気を出せば大丈夫って……。
目を閉じて意識を集中させると、遠くに居るトパーズが見ている景色が、僕の脳裏に送られてきた。
感覚的にはイムルシアの首都に居たときよりも、今の方が僕とトパーズの距離が離れてる気がするけど……それでも、問題なく映像が届くんだな。それもリアルタイムで。
すごく速いし、かなり高いところを飛んでるようだけど……。下に見えてるのは氷龍山脈だよね? あっという間に雪があるところを抜けたけど。
まさか、音速は超えてないよね? 本当に大丈夫?
えっ? この調子なら、一時間もあれば到着するって?
あっ、はい。わかりました。待ってます。
よっぽど会えるのがうれしいのか、トパーズの思考は喜びの感情で埋め尽くされてしまい、僕が何を言っても止まらないようだ。
ベレス村を出発して、一週間ぐらい?
毎日、寝る前に意識を繋いで、トパーズと話をしてたけど……。一人だけ残してきたのがストレスだったのかなぁ。ここに到着したら、その分まで可愛がってあげないと。




