閑話休題 賢者のつぶやき
その日。私とアラベスは二人だけで、遺跡の調査をしていました。
「ここもハズレだったみたいね……。少しは期待してたんだけど」
大陸の東にあるヴァラグカ王国。
そこで、古い寺院が見つかったという情報が冒険者ギルドに入り、直接確かめに来たのですが……。
「私の方は予想通りだ」
寺院の跡地と言われても、地上部分に残っているのは折れた柱だけ。
魔獣や冒険者に荒らされたのか、地下の部屋はぐちゃぐちゃで、調査と言うより大掃除が必要な状態でした。
「付き合わせちゃってごめんなさい。でも、気分転換にはなったでしょう?」
「……それもそうだな。ずっと資料を読んでると、頭が痛くなってくるし」
アラベスが冒険者ギルドの調査員になって、個人として与えられた課題はゴーレムに関する調査でした。
その頃から一緒にパーティを組んでいる私は、彼女がどれだけ熱心に情報を集めていたのか知ってます。今となっては造れないような巨大ゴーレムの伝説から、人魔大戦で活躍した石像使いの話まで。
今でも動いているゴーレムの情報が入ったときは、腕の立つメンバーを集めてダンジョンに乗り込み、実際に戦って調査していました。
しかし……本棚が埋まるほどの情報を集めても、上司からの合格をもらえなかったのです。彼女の課題は未だに終わっていません。
ここ数年のアラベスは、暇があったら古い図書館に入り浸って、前に読んだ本をもう一度チェックするような毎日で……。見ている方が悲しくなるぐらい追い詰められてたもの。気分転換ぐらい良いでしょう。
「日が暮れる前に村まで戻りましょう」
「そうだな……」
邪魔が入らないように、地下室の入口に張ってあった障壁魔法を解除。
ホコリまみれの階段を上がると、遠くの空が綺麗なオレンジ色に染まっていました。
調査している間に、思っていたよりも時間が経っていたようです。
何かメッセージが届いてないか確認するために、私は背負っていたリュックから携帯用の通信水晶を出しました。
通信水晶はあらかじめ魔力を込めておくことで、短いメッセージをやりとりできる便利な魔術具です。
私が子どもだった頃は大きな通信水晶しかなくて、信じられないほど高額で持ち運んで使うなど考えられなかったのですが、最近になって携帯サイズの物が使われるようになりました。
「あら、キアラから通信が入るなんて……。珍しいわね」
「キアラって……。あの、何年か前に冒険者を引退したキアラ?」
「ええ、そうよ。最後に会ったのは二年ぐらい前かしら。村に戻って、村長代行の務めを果たしていたけど——」
水晶玉の中央に、赤い文字でキアラの名前が浮かんでいます。
指先から魔力を流すと、可愛い後輩の声が流れてきました。
「ユーニスさん、お久しぶりです。ベレス村のキアラです。今、私の村に、異世界人が来ています。十五歳ぐらいの男の子で、野獣使いです。誰かに召喚されたので、魔法に詳しい人に話を聞きたいと言ってます。一度、こちらに来てもらえないでしょうか? よろしくお願いします」
メッセージが終わって周囲が静けさに包まれても、私の身体は同じ姿勢で固まったままでした。
「ユーニス、聞いたか⁉ 召喚された異世界人とは、つまり——」
「間違いないでしょう。十年前のあの日、やっぱり儀式は成功してたのよ。現れるまでに時間がかかった理由はわからないけど、それも、直接会って話を聞けば、きっと……」
「行きましょう! 今すぐ」
「まずは村で馬を調達して、そこから先は——」
ベレス村への最短ルートを検討しながら、私とアラベスは早足で、荷物を預けてある村へと戻りました。
☆
馬を急がせて、二週間ほどで無事にベレス村へと到着。
キアラの住んでいる屋敷で、異世界から来た少年を紹介してもらいました。
その男の子の名前は、ソウタさん。
見た目は普通の人間ですが、少し話をしただけで、異世界人だとはっきりわかりました。
それも、かなり時代が進んだ世界から来たようで、『スマートフォン』とか『タブレット』とか、面白い話をいくつも聞かせてもらいました。
ソウタさんもこちらの世界に興味があるようで、エルフの話や冒険者ギルドの話を、真剣な表情で聞いてました。
私は個人的な興味から、異世界人について調べたことがあります。
人間しかいないこと。十代から二十代が多いこと。五十年から百年に一度ぐらいの割合で、こちらの世界に誰かが来ていること。
昔は『高いモチベーションを持っていて、自分の目的のためなら世界を変えてしまう異世界人』が多かったが、最近は『ひっそりとスローライフを楽しみたい異世界人』が増えていること。
その分類で行くと、ソウタさんはスローライフを好むタイプでしょうか?
例えそうだとしても一度は村を出て、マルーン様に会って欲しい。
いろいろ調べさせてもらって、召喚魔法に関する情報を集めたい。
そんな風に考えながら、話を進めようとしていたのですが……それどころではありませんでした。
ソウタさんは本物の野獣使いで、見たことも聞いたこともないほどすごい石像使いでした。
昔に比べて減ったとはいえ、野獣使いはそれほど珍しくない職業です。
ですが、レベルの高い魔獣を二体同時に使役している野獣使いなんて、私は初めて見ました。
こう見えても賢者ですから、鑑定すれば魔物の力はわかります。
ルビィさんもトパーズさんも、ゴールドランクの冒険者だとパーティで戦っても勝てそうにないレベルでした。
私やアラベスでも、一対一ではまず勝てないでしょう。
そんな二体を連れているだけでも常識から外れているのに、さらにすごいゴーレムを自由に操るだなんて‼
全長十五メートルのアイアンゴーレムは、この目で実際に見ても、とても信じられない存在でした。
ずっとゴーレムについて調査していたアラベスが、ちょっとおかしくなっちゃったのも無理はないと思います。
わざわざ鑑定するまでもなく、オニキスさんは強そうに見えたのですが、その予想をアラベスが身をもって確かめてくれました。
アラベスが使っているのは、魔法で切れ味を増した剣です。
そこに、さらに魔力を注ぎ込むことで攻撃力を上げるのは、本当に危ないときにしか使わない禁断の技。
やり過ぎると剣が駄目になるそうですが……。そんな技ですら、大して効かなかったようです。
言うまでもありませんが、普通の攻撃魔法も通じなかったです。
最後は、空の彼方から隕石を呼び寄せる魔法まで使おうとしましたが、おそらくこれも周りが迷惑するだけで、オニキスさんにダメージを与えることはなかったでしょう。
オニキスさんの衝撃が大きすぎたのでしょうか?
いきなりアラベスが、ソウタさんの弟子になると言い出しましたが……。さりげなく放置しておきましょう。
そんなことより、巨大なゴーレムが人間サイズに縮んだり、ゴーレムの傷を手で撫でただけで治してしまう非常識さの方が問題です。
しかも普段は勾玉になって、アクセサリーをやってるとか……。
これはもう、私たちが処理できるレベルを超えています。
一秒でも速く、私たちの上司に……。マルーン様に会ってもらわないと!
その後の交渉は、我ながらうまくいったと思います。
召喚魔法の使い手について、ソウタさんは興味を持ってくれました。
本当なら外部に出してはいけない情報も、マルーン様のところにお連れするためなら問題ないでしょう。
翌日。私たちはソウタさんを連れて、無事に村を出発しました。
☆
マルーン様の住む城へと向かう旅の途中。
ソウタさんとはそれなりに、仲良くなれたと思います。
学校をいくつも作って教育レベルを上げた異世界人の話や、美味しいお菓子を作ってパティシエとして有名になった異世界人の話を、ソウタさんは興味深そうに聞いてました。
アラベスは何度もさりげなく、弟子になりたいと要請していました。
断るのも面倒になってきたようですし、近いうちにソウタさんが折れるのではないかと予想しています。
首都にあるギルドの支部で、ソウタさんを冒険者として登録しました。
途中の街で登録しても良かったのに、わざわざ首都まで引っ張ったのは、ここなら専用の魔方陣を使って、登録と同時に能力値を調べられるからです。
たとえば腕力に自信がある人でも、具体的に数値で示したらどれぐらいになるのかはわからないものです。
私は賢者なので他人の力を鑑定できますが、ちょっと不安になったので、魔方陣で調べた結果を確かめたかったのです。ですが……結果は、私が賢者の能力で鑑定した値と全く同じでした。
器用度が人間としてはトップクラスで、敏捷度がそこそこ。他はどれも、平均に近い値に収まっています。
能力値だけ見たら、野獣使いにも石像使いにも向いてるとは言えないような気がしますが……何か秘密があるのでしょうか?
キアラから聞いた話が本当であれば、ソウタさんがこの世界に来て、まだ一ヶ月も経っていないはず。
この短期間で、野獣使いと石像使いのスキルを覚えて、どちらもあれほど高いレベルにするのは不可能でしょう。
過去の調査によると、異世界人は特殊な力を持っていることが多いです。
そう考えるとソウタさんは、世界を渡るときに、野獣使いと石像使いの二つのスキルを取得したことになりますが……。
自分でも理由はわからないのですが、何か引っかかるものを感じます。
あえて言うなら賢者としての勘でしょうか?
ベレス村で見た何か……。もしかして、オニキスさん?
私が知っているゴーレムは、単純な命令を実行するだけの存在です。
物を運ぶとか、鉱石を掘るとか、特定の場所を守るとか。
それに比べてオニキスさんは、もっと自然だったというか、人間っぽい動きをしていたような……。
野獣使いと石像使いの両方が高いレベルになると、ああいうゴーレムが造れるようになるのでしょうか?
直接聞けばソウタさんは、あっさり答えを教えてくれそうな気がします。
それなのに、私の方が怖くて質問できないなんて……。ギルドの調査員の中でも私は長く生きている方だと思いますが、こんな悩みは初めてです。
賢者としてもっと経験を積めば、悩みが解消するのでしょうか……?