8 旅立ち
村長屋敷の応接室に戻って、もう少し具体的な話を聞かせてもらった。
ユーニスとアラベスの上司は冒険者ギルドの幹部だが、現在はギルドの仕事をお休み中で、自分の城に引きこもっていること。
ベレス村からその城まで、二週間から三週間ほどかかること。城まで二人が責任を持って案内すること。国の出入りが楽になるように、途中で冒険者ギルドの支部に寄って、僕を登録してくれること。
どれも問題無さそうだったので、そのまま了承しておいた。
上司が住んでいる城はベレス村から見てずっと北。氷龍山脈を挟んだ反対側にあるらしい。
まだ雪が残っている山脈を越えるのは危険だし、遠回りすると時間がかかりすぎるので、途中で『ゲート』と呼ばれる施設を使って移動するそうだ。
ゲームによく出てくる転送装置みたいな物かな? ちょっと楽しみ。
この大陸には六つのゲートがあって、どことどこが繋がるかは、毎日ランダムに変わるらしい。
そういう理由で、到着するまでの日程に幅が出てしまう、と。
村長代行が呼んでくれたのかな?
応接室で話をしていたところに猟師のカルロがやってきて、鉄爪熊の売り上げから、僕の取り分をわざわざ手渡してくれた。
この世界のお金の感覚はまだよくわからないけど、普通の生活なら、街で一年は暮らせる程度の金額になったらしい。
この先、必要になる日も来るだろうし、素直に受け取っておいた。
その日の夕飯は、はじめて村長屋敷に来た日の夕飯と同じぐらい豪華だった。
ピザやパスタをお腹いっぱいになるまで食べ、マルコのお母さんに、美味しい料理のお礼を言っておいた。
ずいぶん前に小説で、『エルフは肉を食べない』って話を読んだけど、この世界のエルフは違うらしい。
ユーニスもアラベスも、美味しそうにステーキを食べていた。
翌日の早朝。
最高ランクの冒険者二人に連れられて、僕はベレス村を出た。
村はずれまでキアラとマルコが一緒に来て、見送ってくれた。
村長屋敷のお客として二週間ほど泊まらせてもらっただけだけど、僕はこの村がすっかり気に入っていた。
いつかまた、面白い土産話でも持って帰ってこようと思う。
☆
今、僕たちが居る国の名前がイムルシアで、首都の名前がミセントラ。
まずは近くの街で御者付きの馬車を借りて街道を南下し、首都に向かうことになった。転送に使うゲートも首都の近くにあるそうだ。
標高の高い位置にあるベレス村から山を下るにつれて、緑の景色が徐々に鮮やかになり、初夏の雰囲気が強くなる。
平原まで下りてくると、街道沿いにはのどかな田園風景が広がっていた。
景色だけなら、ジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスで見た、ヨーロッパの田舎と大差ない?
馬車が良くできているのか石畳が綺麗なのか、長時間乗っていても揺れはあまり気にならなかった。
宿場町も綺麗に整備されていた。
途中で宿に泊まるときは、僕のために個室を取ってくれた。これはまぁ、同じ部屋に泊まる訳にはいけないから当然か。
宿代も食事代も馬車のお金も、全て二人が出してくれた。
自分の分は自分で払おうとしたんだけど、「あとで申請すれば経費で落ちるから」と言って断られた。
冒険者の世界にも、出張旅費の申請みたいな作業があるんだな……。
ベレス村を出てちょうど一週間で、首都のミセントラに到着。
雰囲気としては、イタリアのミラノやローマっぽい?
赤い屋根で統一された街並みと、噴水のある広場。
凝った意匠の教会が、いくつもあるのが印象的だった。
まずは冒険者ギルドの支部へ。
僕一人だと入るのをためらいそうなほど立派な建物だったけど、ユーニスとアラベスは慣れているようで、あっさり入って手続きしてくれた。
魔方陣の上に立っているだけで、冒険者としての登録は完了。
測定した能力値を教えてもらったけど、僕は器用度だけが高くて、あとはどの数値も人間の平均か、平均より少し下のレベルらしい。
そうじゃないかと思ってたけど、はっきり言われるとショックだな……。
ダイヤモンドランク二人の推薦で、いきなりゴールドランク。
ユーニスの提案で、職業は魔法使いになった。
これなら、ずっと猫を連れていても不自然じゃないらしい。
金色の認識票と一緒に、魔法の発動に使う指輪をプレゼントされた。
暇なときにでも、ユーニスかアラベスに魔法を教えてもらおう。
いつまでも、ルビィに頼りっぱなしってのも悪いし。
首都からゲートの近くにある街まで、馬車で半日ほどかかるらしい。
今日はギルドの支部に泊まって、明日は朝早くに出発。
ゲートがどこと繋がっているかを確認して、目的地のゲートと繋がっていたらそのまま移動。駄目だったら近くの街で宿を取って待機になる予定だ。
僕が異世界に来て三週間ぐらい。
これまでは大きな怪我もなく、平和な毎日だったけど……。この国を出るとどうなるんだろう? 楽しみが半分、不安も半分。
「まぁ、なるようになる……。かな?」
「にゃあぁぁ」
ルビィの穏やかな鳴き声が、僕の不安を減らしてくれた。