5 オニキスの力(後編)
「ゴーレムのことなら何年も前から調べてきたし、ギルドの中でも私が一番詳しいと自負している。実際に、アイアンゴーレムと戦ったこともある。そんな私の常識からしても……このサイズの新しいゴーレムなんて有り得ない!」
熱く語っているアラベスを目にして、ちょっと引いてしまう。
大げさな口ぶりや身振り手振りが、微妙にイラッとする。
最初に挨拶したときは、かっこよくて綺麗なお姉さんって感じだったのに、このがっかり感は何なんだろう?
好きなものを見つけると暴走しちゃうタイプ?
「そこまで疑うのなら、あなたが試してみれば良いじゃない」
「えっ? ユーニスさん? いきなり何を——」
「そうだな。実際に戦ってみれば、力がよくわかるだろう。この手で試させてもらってもよろしいかな?」
腰の剣に手を添えて、今にも斬りかかりそうな体勢になっているアラベス。
微妙に口元が歪んでるのが怖いです。
その横でユーニスは頬に手を当てて、なんだか困っているような表情を浮かべてるけど……。目元は笑ってる? この状況を楽しんでる?
話を聞いてるだけで疲れてきたし、面倒なことは早く終わらせたい。
オニキスがどれぐらい強いのか試しておくのも悪くないし、ここは、話に乗っておくかな。
「それじゃあ……。危ないと思ったら声をかけますから、そこで止めるって約束してもらえますか? その条件で良かったら、どうぞ、お好きなように攻撃してください。オニキスは手を出しませんから」
「おいおい……。いくらなんでも私の力を舐めすぎてないか? せっかくのゴーレムが、どうなっても知らんぞ」
急に思い出したけど……。アラベスの職業は魔法戦士で、冒険者ギルドで最高のダイヤモンドランクだって言ってたっけ。
冒険者ギルドで最高ランクってことは、世界全体で見ても、かなり上の方になるんだと思う。たぶん。
「おーい! ルビィとトパーズはこっちに戻ってきて! オニキス、悪いけどこの人の相手をしてあげて!」
力を試す相手を間違えた……?
僕の造ったオニキスがそんな簡単に負けることはないと思うけど、危ないと思ったら早めに止めないと。
☆
トパーズが大空に舞い上がり、ルビィが優雅な足取りで戻ってくる。
膝を抱えて座っていたオニキスが立ち上がり、戦いの準備が整った。
「行くぞっ!」
気合いの入った声を残して、アラベスが勢いよく走り出した。
滑らかな動きでロングソードを抜き、大きく振りかぶる。
あっという間に距離を詰めて、そのままジャンプする。
軽く飛んだように見えても、アラベスの身体は一瞬で、オニキスの頭付近まで届いていた。
——ギイイィィィィン……
振り下ろされた剣が鉄の身体にぶつかり、周囲に細かい火花が飛び散る。
「うわあぁぁ……」
驚きの声を漏らしたのは、一番年下のマルコだった。
オニキスは大丈夫? 身体に傷が付いてない?
ここからだと、何も無かったように見えるけど……。
「まだまだ……。私の本気を見せてやる……」
着地したアラベスが、素早く下がってオニキスから距離を取った。
両手で持った剣を頭上に掲げて……何をしてるのかな?
剣がうっすら光ってるように見えるんだけど。
「アラベスは剣も魔法も使えますが、一番得意なのは、魔法で剣を強化しながら戦う戦法です。今、唱えているのは……鉄でも切り裂けるように、剣の切れ味を増す呪文ですね」
ユーニスが冷静な表情で、アラベスが使っている魔法を説明してくれた。
漫画やアニメだと、この手の説明っぽいセリフはよくあるけど、自分がされるのは初めてだ。
「って、ちょっと待って! それはさすがに——」
僕が声をかけるよりも早く、呪文の詠唱が終わった。
青い髪の美女がニヤリと笑い、再び勢いよく飛び上がる。
「切り裂けぇっ‼」
——ビギャァァアアンッ‼
光りを帯びた剣が振り下ろされ、さっきよりも大きな、鉄が引き裂かれるような音が聞こえてきた。
「オニキースっ‼ 大丈夫なのか——あれっ? 大丈夫そうだね」
自分でも意識しないままに、相棒の名前を叫んでいた。
身体が勝手に駆け出しそうになるが、何故かオニキスは手を振って、問題ないことをアピールしている。
鉄の顔で表情が変わるはずもないけど、なんだか余裕があるような……。
よく見ると、肩の所にうっすらと傷が付いてるけど、それだけ?
「アラベス……。もう諦めたら? 手が痺れたんでしょう?」
オニキスの足元に着地したアラベスは、しゃがみ込んだまま動かなくなってたけど……そういうこと?
ユーニスは心配そうな表情になってるし、僕はもう、一秒でも早く終わって欲しい気分なんだけど——
「いや、まだだ……。剣が駄目でもまだ、私には魔法がある……」
どこか痛々しそうに立ち上がったアラベスが、ゆっくり下がる。
剣が置きっぱなしになってるけど良いのかな?
「ファイアーアロー!」
呪文と同時に、オニキスの胸元をすっと指差す。
どこからともなく現れた炎の矢が鉄の身体にぶつかり、すっと消えた。
うん、そうだよね。僕の設計通りなら、魔法なんて効かないはず。
魔法で剣を強化されるのが一番危なかったけど、それがほとんど効かなかったってことは……。
「アイスジャベリン! ウィンドストーム‼」
自分の知ってる魔法を全部試すつもりなのかな?
アラベスは呪文を次々唱えるけど、予想通り効いてないようだ。
「ええい、こうなったら最後の手段だ! メテオストラ——」
「いい加減にしなさい‼」
こっそり近づいていたユーニスがアラベスの後頭部にツッコミを入れて、ようやく騒ぎが終わった。
僕は何もしてないけど、見てるだけで疲れたよ……。