1 異世界人認定
僕はマルコと一緒に、朝から牛の乳搾りを手伝いに行っていた。
予定していた仕事を無事にこなし、のんびり話をしながら帰る。
朝、眠そうにしてたので、ルビィは部屋でお留守番だった。
村長屋敷の重そうな玄関をマルコが開けたところで、お盆を手にしたキアラとばったり会った。
「あっ、ソウタさん! ちょうど良いところに。あなたに会いに、お客さんが到着したところでして……このまま、応接室にいらしてもらえますか?」
「えっ……? あっ、はい。わかりました」
「僕も一緒に行って良いですか? 姉さん」
村長代行が手にしているお盆には、数人分のお茶セットが載っている。
それを見ただけで、誰が来ているのかマルコにも察しが付いたようだ。
ちなみに、マルコから見てキアラは亡くなった父親の妹で、厳密に言うと叔母なのだが、『おばさん』と言うと怒られるので『姉さん』と呼んでいるらしい。
女性への言葉遣いが大事なのは、どこの世界でも同じか……。
「そうねぇ……。悪いけど、あなたは部屋で待っててもらえる? 昼食の時にでも、ちゃんと紹介するから」
「はーい。わかりました……」
断られるのを予想していたのか、マルコは暗い表情で階段を上がっていく。
「それでは、ソウタさんはこちらに」
はじめて来たときと同じように、屋敷の一階にある、テーブルとソファが置いてある部屋に通される。
革張りのソファには美しい女性が二人、座っていた。
「先に私から紹介を……。こちらがソウタさんです。異世界から来られた野獣使いの方で、私の甥を助けてくれました」
二人とも古い友人なのか、キアラには緊張した様子もなく、僕を簡単に紹介してくれた。
「あっ、えーっと……。はじめまして、創多です」
「はじめまして、ユーニスです」
すっと立ち上がった二人と順番に握手をする。
社会人だった時代なら、ここで名刺を交換するところだけど……。何も持ってないので素直に握手をした。
たぶんユーニスが、前にマルコから聞いた人なんだろう。
さらさらと流れるように美しい金色の髪。透き通った白い肌。
綺麗な水色の瞳。長くて尖った耳。見事なまでに整った容姿。
腰に下げているレイピアまで含めて、完璧なエルフのお姉さんだった。
「アラベスです」
「創多です」
金色の瞳。透明感のある青色の髪。
ぱっと見では男性のようにも見える、ベリーショートの髪型。
ユーニスに負けないぐらい白い肌。微妙に尖っている耳。
もしかして、エルフの血が入っている人なのかな?
アラベスの方が背が高く、腰にはロングソードを下げている。
女性だけで有名な歌劇団なら、男役が似合いそうな雰囲気。
二人とも、剣を振る姿が想像できないほど、柔らかい手でした。
「にゃあっ!」
「あれっ、ルビィ⁉ どこから入ってきたの?」
村長代行と僕に続いて、こっそり入ってきたのだろうか?
二階の部屋でお留守番しているはずのルビィが、いつの間にか僕の横でお座りしていた。
「この子が、キアラの話に出てきた白猫ですね。可愛い〜」
エルフの感覚でも、ルビィは可愛いのか。
「二尾魔猫か……。初めて見たよ」
この世界でも、尻尾が二本ある猫は珍しいのかな?
「僕の相棒のルビィです。ほら、挨拶して」
「にゃあー……」
すっと手を伸ばしてやると、ルビィが胸に飛び込んできた。
そのまま、腕の上でくるりと向きを変えて、初対面の女性二人に笑顔をアピールって……。ちょっと愛想が良すぎないかな?
森の奥でマルコやカルロと会ったときとは、ずいぶん態度が違うような気がするんですけど。
「良かったら、私にも抱かせてもらえませんか?」
「ちょっと、ユーニス! いきなり何を——」
「ルビィさんが可愛いのはわかりますけど、まずは二人とも、ソファに座ってもらえますか? お茶をお出ししますから……」
部屋に居る四人の中で、一番落ち着いてるのはキアラのようだ。
見た目だけなら、女性三人の中でキアラが一番年上に見えるけど……どういう関係なんだろう?
結局、白猫を胸に抱えたまま、紹介された二人と対面する席に案内された。
二人の視線がルビィに向かっていても、何故か無駄に緊張してしまう。
「先に、ここに来た目的を先に済ませましょう。まずは、異世界のお話から聞かせてもらいたいのですが……よろしいかな?」
「あっ、はい。わかりました」
エルフのお姉さんはずっと、ルビィの尻尾を楽しそうに見ている。真剣な表情で声をかけてきたのは、その横に座っている青髪の美女だった。
☆
五分ほど話をしただけで二人とも、僕が異世界人だと納得してくれた。
どうやらユーニスの方は、別の異世界人と会ったこともあるらしい。
どう見ても日本人には見えないエルフ美女の口から、『東京』や『昭和』や『カップヌードル』なんて単語がぽんぽん出てきて、驚きを通り越して冷静になってしまった。
詳しい話を聞いてみると、どの時代からどの時代に転生するのか、特に法則はないようで、そんなに古くない日本語が、こちらの世界で遙か昔の歴史書に載っていたりするらしい。
それが——
「焼肉定食、ですか?」
「ああ、そうだ。こちらの世界で二千年ほど昔。あなたの居た世界から転生してきた男が国を興し、偉大な王と呼ばれるまでになった。その王が一番好きだった食事が……焼肉定食だったのだ!」
まさか異世界で、『焼肉定食』って単語を聞く日が来るなんて……。それも相手は、青い髪が印象的で一度見たら忘れられないほどの美女だ。
というか、王になったら美味しいものを食べ放題なのでは?
どうして焼肉定食? それが歴史書に載ってるって……。
「そのポーズです! 前に会った異世界人の女性も、この話を聞いて、同じようなポーズになってました!」
「えっ……? あー……。そうですか……」
何故か、頭を抱えているポーズが心に響いたらしい。
向かい合わせに座っているユーニスが、満面の笑みを浮かべている。
アラベスは、珍しい動物でも見たような表情をしていた。
ただでさえ女性の年齢なんてわからないのに、相手がエルフとなると、もっとわからないんだけど……。見た目だけなら、ユーニスは女子大生ぐらい?
アラベスはもう少し大人っぽくて、二十代後半ぐらいかな?
ゲームや漫画の知識だとエルフは長命で有名だし、もう一人は種族もわからないし、まるっきり外れてる可能性も高いけど。
とにかく二人とも、女優やアイドルなんか目じゃないぐらい美人なのは間違いないな。