8 女神の橋
リンダロドの町を出て、西へと続く道。
この道を真っ直ぐ進むと大きな川にぶつかった。
北の山から流れてくる川。流れが速くて幅も広い、立派な川だ。
川を挟んで反対側にも町があって、ここに橋があれば便利そうなのに、それらしい痕跡が残っているだけで橋が架かってない。
散歩しながら観察したところ、隣町との行き来でもずっと下流にある橋を使ってるみたいだ。
どうしてこうなったのか、エリザさんに聞いてみた。
「この辺りでは有名な話ですが、あの場所には昔、大きな橋が架かっていたそうです。まだ、女神が地上で暮らしていた時代に造られた橋で、女神の橋と呼ばれていたと。ですが大戦の時に壊されて、そのままになってるみたいですね」
「橋を架け直そうとしなかったのかな?」
「誰かが橋を再建するって言いだして、技術的な問題や予算の問題で中止になるのを繰り返しているようです。今では“女神の橋を架ける”って言葉が、出来もしないことばかり言ってる大法螺吹きを意味するようになってて……」
「そうなんだ……。あそこに橋があったら便利そうなのに」
「流れは速いですが川幅は五百メートルほどですから。急いでる人は魔法で空を飛んだり、飛べる人に荷物を運んでもらったりしてますね」
「なるほど……。それだと……。ん〜……」
「何か気になることがあるの? ソウタ君」
「ふみゃあぁぁ〜」
横で話を聞いていたマーガレットが声をかけてきた。
……ルビィは話に飽きてきたのかな? 眠いの?
「その、空を飛んで荷物を運んでる人たちは、川に橋が架かったら仕事がなくなって困ったりしないでしょうか? 大丈夫かな?」
「その手の仕事を引き受けるのは、冒険者ギルドで暇そうにしている魔法使いがほとんどですから。橋が架かっても元の仕事に戻るだけだと思いますが……」
「そこまでソウタ君が気にしなくてもいいと思うわよ」
「そうですね。それじゃあ、予定通り進めて良いかな」
「あの、えっと……。お二人は何の話をしてるのですか?」
☆
エリザさんから話を聞いた数日後。満月の夜。
転送魔法でリンダロドの町の西へと移動した。
僕の我が侭に付き合ってくれるのはマーガレットとマイヤーとユーニスとアラベスの四人だ。
……いつものメンバーだな。
ちなみに、夜に使っても目立たないように転送魔法は改良してある。
正確に言うと、僕も知らない間にリンドウが改良してくれてた。
大量の魔力を使うのはどうしようもないから、魔力を検知できる人が近くに居たら何かが起きてるのはバレるけど、派手に光らないだけでもいろいろ助かるんじゃないかな? たぶん。
青く照らされた古い道。流れの速い川。
空に瞬く数え切れないほどの星。優しい光を放つお月様。
この時間に外に出るなんて久しぶりだから、夜の景色が新鮮で楽しい。
……満月の夜を選んで正解だったな。
こっちの世界には街灯なんてないから、月明かりがなかったら真っ暗で何も見えなくなるところだった。
『暗視の魔法を使いましょうか?』
……とりあえず、今日はこのままで。
暗すぎて困るようなら、その時はお願いするよ。
『了解しました』
リンドウが気を利かせてくれたけど、もうしばらく夜景を楽しみたい。
「ソウタ様。寒くありませんか?」
「ちゃんとコートを着てきたから大丈夫だよ。マイヤー」
頬を撫でる空気は冷たいけど、耐えられないほどの寒さではない。
屋敷を出る前にコートを着た方が良いって言ってくれたのもマイヤーだ。
……みんなのおかげで助かってるなぁ。
「お師匠様。こちらの模型はどこに置きますか?」
「どこでも良いんだけど……。それじゃあ、あそこの道が途切れてるところに置いてもらえる? 橋の架かる向きに合わせて」
「了解しました」
アラベスが持っているのは僕が作った橋の模型だ。
素材は石で、見た目は普通のアーチ橋。
長さは一メートルほど。幅は二センチもないぐらい。
模型にすると細く見えるけど、スケールはこれであってるはず。
「周りには誰もいないみたいね。いつ始めても大丈夫よ、ソウタ君」
「ありがとうございます」
マーガレットが周囲の気配を探ってくれた。
今なら少しぐらい派手な作業をしても、目立つことは無いだろう。
「ルビィさんを預かりましょうか?」
「助かります。……それじゃあ、はじめますね」
ユーニスにルビィを預けて、橋の模型へと歩み寄る。
模型に手をかざして魔力を注ぎ込み、いつもの呪文を唱えた。
「仮初めの石像!」
橋の模型がほんのり光り、ふわりと浮き上がった。
そのまま、川の上空へとゆっくりゆっくり飛んでいく。
川の中央にさしかかったあたりで、いきなり模型がバラバラになった。
「……爆発した?」
「本当に大丈夫なの? ソウタ君」
「大丈夫。予定通りです」
屋敷の工作室で何度か実験したんだけど、ユーニスとマーガレットは一度も見てなかったかな?
アラベスとマイヤーは前に見たことがあるはずだけど、それでも微妙に驚いたみたいだ。
万を超えるパーツに分かれ、光の軌跡を描きながら飛び散る橋の模型。
音はないけど、大きな打ち上げ花火みたいだ。
……夜に作業して正解だったな。すごく綺麗だ。
それぞれのパーツが自分で場所を決めて五百倍ほどの大きさに膨らみ、実物大の橋を構成するパーツに変化する。
あるパーツは川に沈んで土台となり、あるパーツは橋脚となり、あるパーツはアーチの一部となった。
外から見える立派な石も内部を埋める細かい石も、全てが女神の土で造られたパーツだ。女神様、ありがとう。
たぶん、小ニール湖の南で大穴を埋めたのがきっかけになったんだと思う。
その気になれば土木工事をやれることがわかって、次は大きな建物を作ってみたくなった。
そのタイミングで聖騎士の塔を見て、どうやれば山奥に高い塔を作れるのか考えて……。思いついたのがこの方法。
模型なら僕にも作れるから、まずは出来るだけ精密な模型を作って、ゴーレム作りの技術を応用して本物の建物に仕上げる。
このやり方なら塔でも城でも大聖堂でも作れると思う。
地下にダンジョンを作るのは難しそうだけど、ダンジョンが必要になることなんてないだろう。
豊穣の女神は妖魔の森で、歌を歌って森を再生していた。
女神様なら同じように、建物も歌で作れるのかもしれない。
でも、僕は歌に自信が無いから……。全て粘土で作る方が楽だ。
……同じ結果さえ得られれば、方法にはこだわらなくて良いよね?
「こんなに簡単に橋ができるなんて……」
「これはもう……。お師匠様は神様なのでは?」
ユーニスとアラベスはかなりびっくりしたみたいだ。
二人とも、巨人サイズのオニキスを初めて見た時のような顔をしている。
「前にも同じ事を言ったと思うけど、僕は普通の人間だよ。これは、女神様にもらった粘土がすごいだけ」
大きな石のブロックが降りてきて、街道の端に残っていた橋の痕跡と新しい橋を繋ぐ位置にぴったり填まる。
橋全体がほのかに輝き、すーっと光が静まって、新たな橋が完成した。
「ここは、ソウタ君が最初に橋をわたるべきじゃないかしら?」
「そうですね。念のためにチェックもしたいし……。あっ、でも、みんなも一緒に来て下さい」
「もちろん、そうさせてもらうわ」
マーガレットと並んでゆっくり橋をわたる。
少し遅れてマイヤーやユーニス達もついてくる。
馬車や人が通ることになる石畳の部分も、人や物が橋から落ちないようにする欄干の部分も特に問題はなさそうだ。
出来たばかりの橋だけど、何年も前からここにあったかのような見た目に仕上がってるのもねらい通り。
……これから先、何百年……。いや、何千年かな?
何があるかわからないけど、がんばってね。
「あらっ……。川に月が……」
橋脚が出来て、川の流れに速い部分と遅い部分が出来たみたいだ。
流れが穏やかになった水面に、綺麗な満月が映っていた。
……こういう時、何て言うんだっけ?
確か、お約束のセリフがあったはずだけど——
「月が綺麗ですね」
「みゃあぁっ!」
「あれっ、ルビィ⁉ うわっ、ちょっと……。そこはくすぐったいよ……」
さっきまでユーニスに抱っこしてもらっていたルビィが、どこからともなく僕の胸に飛び込んできた。
興奮してる? 寂しかったのかな?
僕の首筋にしっかり抱きついて、口元をペロペロ舐めてくる。
そんな光景をマーガレットが、聖母のような笑みで見つめていた。




