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1 エントロピー(前編)

 ブレスによる攻撃が終わり、沸騰していた空間が徐々に静かになる。

 大気を伝わり周囲に拡散していく熱。

 巨大なボウルのような形に削り取られた大地は、高熱の影響で部分的にガラス化している。


 念のため、全員無事なのを自分の目でも確認しておいた。

 ちょっと心配だったけど、ヤクモの本体も安全な場所まで避難してる。何か丸い物を抱えてるのが気になるけど、細かいことは後回しだ。

 街の門や建物が前より大きく崩れてるけど、元々廃墟だった場所だし問題無いだろう。


「これで終わってくれれば良いんだけど……」

 熱に強いようだったら次は凍らせてみる? オニキスの出番かな?

 念のために、そっちの用意もしてあるけど……。


 ——パチパチパチ……


 どこからともなく拍手の音が聞こえてきた。

「誰っ⁉」

「……えっ?」

 マルーンの驚く声。何が起きたのか理解できない僕。


「あの身体を用意するだけでも、かなり時間がかかったんだよ? それを、こんなにあっさりダメにしてくれるだなんて……。まぁ、滅多に見られないものを見せてくれたことには感謝してるけどね」

 白い肌。黒い瞳。灰色の髪。

 灰色の大きな布を身体に巻き付けた服装。

 少し前まで仮面の男が居た場所。地面がなくなって立つことも出来なくなった空間に、一人の少年が立っていた。


 完璧に整った容姿。

 少女のようにも見えるけど、声は声変わりする前の少年っぽい。白い仮面の男と同じ声だ。

 よく見ると身体がうっすら透けていて、後ろの景色が透けて見えている。

 ……なんだか、リンドウが夢に出てきた時みたいだな。


「まさか、あなたは……。神様なの?」

「頭が高い……。控えろっ!」

 右手を大きく振りながら命令を下す、灰色髪の少年。

 その言葉が大気を震わせた瞬間、マルーンが、パーカーが、マイヤーが、地面に膝をついて頭を垂れた。

 ルビィはお座りの姿勢から変わってないように見えるけど、さっきまで上を向いていた二本の尻尾が力なく垂れて丸まっている。


「……おや? 君は僕の声を聞いても反応しないのかい?」

「えっ? えーっと……。地面に降りて、頭を下げればいいのかな?」

 僕の足元は地面がまだ熱そうだけど、古龍の身体なら大丈夫?

 マルーンと同じ場所まで下がって頭を下げるのが正解だった?


「なるほど。君はこの世界に生まれた者じゃないんだね。それなのに、姉上との縁がある……。本当に何者だ?」

「竜の姿に変身してるけど、普通の人間ですよ。……ほらっ」

 変身を解除して人間の姿に戻る。

 何も言わなくてもリンドウが翼を出してくれたので、落下しなくて済んだ。


「普通の人間が僕の前で、意識を保てるはずが無いだろう」

 腕を組んだ姿勢ですーっと飛んできた少年が、目の前で止まって興味深そうにこちらを睨んでくる。

 ……どう答えるのが正解だったんだろう?

 ダイヤモンドランクの冒険者って答えるのは違う気がする。



 そもそも、この少年は誰だろう?

 マルーンは神様だって思ったみたいだ。

 さっき、僕と姉上との縁がどうこうって言ってたから、僕と会ったことがある女神様の弟?

 春の女神の眷族は全員紹介してもらったはず。

 九人居るけど八人の女神って聞いたのを覚えてるから間違いない。

 秋の女神や春の女神は、四人で四季の女神じゃなかったかな?

 四季の女神の弟って有り得るのだろうか?

 ……違和感が大きすぎるな。季節が増えちゃうよ。


 だとしたら、残ってるのは——

「……白の女神の弟さん? 灰色の神、とか?」

「ほう、よくわかったね。その通り。僕は白の女神の弟で、家族からは灰色と呼ばれていた……。けど、今の名前は違うよ!」

 周囲の空間を沈黙が支配した。

 聞いて欲しそうな表情を浮かべて、少年は何かを待っている。

 顔を見ているだけで微妙にイラッとするのは何故だろう?

 派遣社員として働いていた先で、こんな風にもったいぶった言い方をする上司がいたなぁ。もう、名前も覚えてないけど。


「……それで、今は何という名前なんですか?」

「そこまで言うのなら教えてあげよう。僕は世界を観察している間に、僕にふさわしい概念を見つけた。その名前はエントロピー! 秩序を粉砕し、世界に混沌をもたらす神の名だ!」

 両手を大きく広げて、大げさな身振り付きで自己紹介してくれた。

 エントロピーの法則なら聞いた覚えがある。

 熱いコーヒーが自然に冷めるとか、片付けていた部屋が何故か散らばっちゃうとか、そんな法則だった気がする。

 ある意味、破壊神とか混沌の神にふさわしい名前かも。


「それでは、エントロピーさんとお呼びすればよろしいでしょうか?」

「うむ。その呼び方で問題ない。君は興味深い存在だし、普通の言葉で話しかけることを許そう」

「ありがとうございます。それで……さっきまでそこに居た灰色のゴーレムっぽいのが、エントロピーさんの身体なんですか? 前に会った時、白の女神は普通の人間っぽい姿でしたが」

「あれは、僕が自分で作った仮初めの身体さ。ちょっとイタズラしただけなのに姉上から派手に怒られて、元の身体を封印されちゃったんだけど、ずっと寝てるのにも飽きてね。こうして意識だけ抜け出してきたんだよ」


 時間としては短いけど、ここまでの会話でわかったことがある。

 かなり長い間、この少年は話をする相手が居なかったんじゃないかな? 居たとしても対等な関係じゃなかったとか?

 僕との会話を楽しんでる気がする。

 そして、わざわざ僕に嘘をついてるとは思えない。

 神様だって話も、意識だけ抜け出してきたって話も本当なんだろう。

 白い仮面の男についてマーガレットとパーカーさんからいろいろ話を聞いたけど、どれも混沌を好む神様の仕業って考えると理解できないこともない。

 ……ここで神様の相手をするなんて予定になかったけど、どうすれば丸く収まるのかな?


「それじゃあ……。僕が新しい身体を作りましょうか?」

「んっ? それはどういう意味かな?」

「粘土の扱いにはそれなりに自信があるんです。僕なら、さっきまでの灰色ゴーレムよりマシな身体を作れると思いますよ」

「ふむ……。興味深い話だけど、まずは君の腕前を見せてもらおうか。先に言っておくけど、自分で作るのは苦手だけど見る目はあるつもりだよ。僕は」

「わかりました。では、粘土をとってきますね」


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