閑話休題 女神の独り言
退屈だった毎日に、新しい楽しみが出来ました。
お母さんから言われた仕事を急いで切り上げ、私だけの秘密基地から創多さんの暮らしぶりを覗き見——いえ、違いますよ? 誰かの生活をこっそり覗くだなんて。そんなはしたないこと、私はしてませんよ?
ただ、その……。彼が自分で異世界を選んだとはいえ、実際に送り込んだのは私ですから。あちらでの生活が気になって——
えっ? 私たちがやってるのは、覗きじゃなくて見守りだろうって?
あら、シロったら。たまには良いことを言うじゃないですか。
そうですよね。これは見守りなのです。だから仕方ないのです!
……シロの視線がちょっぴり痛い気もしますが、気のせいでしょう。
創多さんはしばらくの間、村長さんの屋敷に泊まることになりました。
魔法に詳しい人が到着するまで特にやることもない創多さんは、村での暮らしを体験することに決めたようです。
見習い猟師のマルコさんと一緒に、いろいろな仕事を手伝っていました。
牛に羊に山羊に鶏と。創多さんは動物なら何でもお好きなようです。
ただ……。自分で追いかけるのが大変だからって、大鷲のトパーズさんに手伝ってもらうのはやりすぎではないでしょうか?
山羊や羊の表情からはわかりにくいですが、微妙に怯えられてますよ?
牧羊犬が素直に言うことを聞くようになったのも、創多さんに懐いたからではないかもしれませんよ?
たまたま、私がルビィさんの身体をお借りしていたタイミングで、創多さんが熊のお肉を出してくれました。この熊を倒したのはルビィさんとトパーズさんですから、二人にもお裾分けだそうです。
夕飯に出てきたお肉が、とても美味しかったそうですけど……。
あらっ! これは本当に美味しいですね。生のお肉を食べるなんて生まれて初めてですけど、なんだかこう……力が湧いてくるような気がします。
えっ? 女神が肉を食べちゃ駄目だろうですって?
あら、シロったら。お肉をいただいているのはルビィさんですよ。
私には味や食感が伝わってくるだけですから、セーフです。セーフ。
隣で創多さんが、切り分けたお肉をぽいっと放り投げました。
すーっと滑空してきたトパーズさんが、見事にキャッチしてそのまま飛び去ります。
私にはよくわかりませんが、『鷹匠ごっこ』という遊びらしいです。
二人とも、とても楽しそうでした。
創多さんは村長さんとの会話も楽しみにされてました。
村長さんに今居る世界の話を聞いて、お礼に創多さんが元々住んでいた世界の話をする。特に、この世界での常識に関する話が気になるようで、いろいろと質問されてました。
お金の話。宗教の話。世界の成り立ちの話。
ベレス村が所属する国の話。最近の世界情勢など。
村長さんのお話を、創多さんは興味深そうに聞いていました。
上から見ているだけではわからない話が多くて、私も勉強になりました。
そのお礼にと、創多さんが住んでいた世界の話をされましたが……。車や飛行機や電気製品など、お話だけでは理解するのが難しかったです。
携帯電話の話の途中で詳しく説明するために、粘土を使って実物を作ろうとされましたが、ルビィさんがさりげなく止めてくれました。
これからも、あの粘土の力はあまり人前で見せないように……。お願いしますね、ルビィさん。
☆
ある日の夕方。
部屋に戻ってきた創多さんが、白い粘土を取り出しました。
既に頭の中に、完成形のイメージがあるのでしょうか。
迷いのない手つきで、どんどん作業を進めていきます。
あっという間に、大きさの違う塊をいくつも無理矢理くっつけたような人形ができあがりました。
人形の高さは十五センチほどでしょうか?
これが土で作られていれば、石像使いと呼ばれる術士が使う土人形に良く似ています。
しかし、目の前にある人形は、創多さんの手で鉄に変えられていました。
鉄の人形からゴーレムを作るやり方も聞いた覚えがありますが、その場合、もっと大きな人形が必要になるはず……。
不安に思う私の目の前で、創多さんは人形をテーブルに立たせ、その上に手をかざしました。
「それじゃあ——んっ? ちょっと待てよ」
「ふにゃっ……?」
おそらく創多さんは人形に、私が教えた生命創造の呪文を使うおつもりなのでしょう。
しかし、鉄の人形は『生命』としての条件を満たしていません。
このままでは、恐ろしい事故が起きる……。
ルビィさんに呼びかけて、無理矢理にでも止めてもらうべきでしょうか?
それとも、ここで滅びるのが、この世界の運命なのでしょうか?
「それじゃあ、今度こそ……。石像創造!」
「にゃあああっ⁉」
本来なら有り得ないのですが、あまりにも驚いた私の感情が、ルビィさんまで伝わったようです。
横で見守っていたシロは、びっくりしすぎてテーブルから落ちています。
今、創多さんは何をしましたか……?
まずは落ち着いて、状況を確認しましょう。
石像創造は石像使いが使う基本的な魔法です。
私の記憶が間違ってなければ、そのはずです。
それをどうして、創多さんが知っていたのでしょう?
魔力のない世界に生きてきた創多さんが、魔法を知ってるだなんて……。水のない世界で育った人が、いきなり泳げるのと同じぐらい有り得ない話です。
たまたま偶然、この場で思いついた?
誰か私以外の女神から、啓示があった?
それとも、こちらの世界に来て十日ほどしか経ってませんが、その間に、誰かに教えてもらったのでしょうか?
この状況からは判断出来ないですが……。
「うん、うまくいったみたいだね。ああー……落ちる落ちる」
テーブルから落ちそうになった人形を、創多さんが優しく持ち上げました。
鉄の人形は言われたとおりに手を動かし、首を縦や横に振って意思疎通しているようです。
私の知っているゴーレムは、石像使いに与えられた命令を単純に実行するだけの存在でしたが……。
この子、もしかして意思を持ってませんか?
ルビィさんやトパーズさんのように、魂を宿してませんか?
「お前の名前はオニキスだよ。ルビィやトパーズと仲良くしてね」
創多さんの声に応えるように、鉄の人形が首を縦に振りました。
これはもう、間違いありませんね。新しい妹が産まれたようです。
白い粘土は女神の土。
お母様が、新しい生命を生み出すために作った土です。
許可を受けた人ならば、どんな生命でも自由に創造できます。
生命創造は白い粘土へと、生きるきっかけを与える呪文です。
白い粘土専用で、他の素材に使用しても何も起きません。
……起きないはずです。今となっては、断言して良いのかわかりませんが。
石像創造はゴーレムを作る呪文です。
土・岩・鉄・木など、様々な素材からゴーレムを作成可能です。
もちろん、素材によって難易度は変わりますが、この呪文が基本になるのは間違いないです。
……間違いないと思います。たぶん。
私の知る限り、白い粘土でゴーレムを作った例は一度もないはずです。
新しい生命を生み出す土でわざわざゴーレムを作ろうなんて、思いついた人すら居なかったのではないでしょうか?
それを、創多さんはあっさりやってのけました。
呪文が失敗することもなく、オニキスさんは鉄の身体を持った生命として、当たり前のように存在しています。
えっ? 人形の姿から勾玉に変身ですか?
高さ十五メートルの、巨人の姿にもなれる……?
創多さんはオニキスさんに、秘めた力を説明しています。
明日にでも崖崩れの現場に行って、ちゃんと動くかテストするそうです。
今すぐにでも創多さんの居る部屋に押しかけて、いろいろと問い詰めたい気分なのですが……。今日はもう、驚き疲れました。
長い女神としての人生で、こんなに驚いた日は初めてです。
このままのんびり、創多さんの笑顔を見守ることにしましょう。
えっ? お母様に報告した方が良いんじゃないかですって?
ちょっと、シロ。あなたが落ち着きを取り戻したからって、私まで現実に引き戻すのはやめて。
あとで見つかったら怒られるのは間違いないですけど、もう少しぐらい、創多さんが起こした奇跡に浸ってても良いじゃないですか。




