9 旅の予感
オニキスとルビィがベッドでじゃれあっているのを横目に見ながら、僕はテーブルで粘土を細長く伸ばしていた。
ポケットに入れていた勾玉を落としそうになったので、やっぱり、ネックレスのような形にしようと思ったのだ。
まずは粘土を細くまっすぐ伸ばして針金にする。針金を丸い棒に巻き付けてバネの形にして、ニッパーで切り分けて丸い部品を作る。あとは、丸い部品を繋げばチェーンの完成だ。
「丸い棒は粘土で作れば良いとして、ニッパーとペンチは……。さすがに無理があるかな?」
ニッパーは針金を切る道具。ペンチは何かを挟んだり潰したりする道具。
どっちもハサミと同じような作りになっていて、動く部分が必要だ。
残っていた粘土を大きくして、まずは試しにペンチの形を作ってみる。
「持つところは緑のゴムで包んであって、挟むところはギザギザで……。これでどうかな? あとは、動いてくれれば——動いた!」
素材の変更に慣れてきたのか、あっという間にペンチが完成した。
元の世界で針金を加工するのに使っていたペンチとそっくりで、片手で滑らかに開けたり閉めたりできる。
試しに自分の指を挟んでみるが、問題なく使えそうだ。
これはもう、『色や質感を変更』の範囲を超えてるような気がするけど、便利に使えてるんならそれで良いだろう。
少し時間はかかったけど、長さ五十センチほどのチェーンが完成した。
「素材は……金? 黒瑪瑙にあわせるなら銀かな?」
チェーンに指を乗せて、素材をイメージしながら指を左右に滑らせる。
すっと軽く撫でただけで鉄のチェーンが金に変わり、もう一度撫でると今度は銀に変わった。
黒い勾玉にあわせるなら……やっぱり銀かな?
あれ? でも、ちょっと待てよ。
元の世界だと金属製のネックレスは珍しくなかったけど、こっちの世界はどうなんだろう?
村長代行のキアラ。狩猟の親方のカルロ。
春の種植えを取り仕切っていたおばさん。
家畜の放牧でお世話になった髭のおじさん。
金属製の装飾品を着けてる人は一人も居なかったと思う。
貴重な装飾品は大事な日だけ使うのかな? 結婚式とか葬式とか。
だとしたら、銀のネックレスなんて目立ちすぎるか。もっと都会に行ったら違うのかもしれないけど……。
「ニッパーやペンチが作れることがわかったし。まぁ、良いか」
チェーンと一緒に道具までまとめて、白い粘土に戻す。
今度は大雑把に粘土を伸ばして、革紐を作った。
「オニキス。勾玉に戻って」
ルビィと仲良く並んで、ベッドの上から僕の方を見ていたオニキスが、漆黒の勾玉に変化した。
勾玉の穴に革紐を通し、ネックレスとして使えるように結ぶ。
「たぶん大丈夫だと思うけど、念のためにテストするよ……。オニキス!」
漆黒の勾玉をベッドに戻してもう一度声をかけると、高さ十五センチほどの鉄の人形が現れた。
「うんうん。紐を付けたまま変身しても問題なさそう——あれ?」
よく見ると手首の少し下に、茶色い革紐が巻き付いてる。
最初に作ったときはそんなものなかったはずだから、ネックレスに使った革紐が変化したんだろう。
「そのままで大丈夫? 動きにくかったりしない?」
腕を左右に振ったり手首を動かしたりしてるが、特に問題なさそうだ。
「大丈夫そうだね。それじゃあ、これで……オニキスVer1.2、完成っと」
銀色の眼。胸に浮かび上がる黒い勾玉。
最初は鉄の塊をくっつけただけの身体だったけど、あまりにもシンプルすぎる気がして、この二つをあとから加えた。
革紐の追加でさらにバージョンアップ!
鉄の人形が軽くパンチをすると、革紐がひゅっと伸びた。
ルビィが勢いよく飛びついて、猫パンチではたき落とす。
……君たち、何をやってるのかな?
何、その革紐。伸びたり縮んだりするの?
相手の身体に巻き付いて……自由に動かせるんだね。
考えてなかった機能が追加された気がするけど、良しとしよう。
ルビィもオニキスも楽しそうだし。仲が良いのは良いことだ。
☆
「ソウタさんは、この世界で何をするおつもりですか?」
お茶を飲みながら、村長と話をしてたときに言われたひとこと。
それからずっと僕は、何をしたいのか考えていた。
軽い気持ちで選択した異世界。魔法があって竜も居る。
粘土でいろいろ造れる……って、これは夢で会った綺麗なお姉さんのおかげだから、異世界は関係ないよね。たぶん。
水も空気もご飯も美味しいし、村の人はみんな親切だ。
でも、う〜ん……。このままずっとベレス村で、仕事を手伝って暮らすのもちょっと違う気がする。
それだったら、元の世界で次の仕事を探してた?
せっかくの異世界なんだし、いろいろ見てみたい?
何かやりたいんだけど、何をやるべきかわからない。
どちらかというと、いろいろ見たい気持ちが強いんだけど……。村長から聞いた話だと、この辺りが比較的平和なだけで、山賊が出たり魔獣が出たりと、同じ国でも危ない地域の方が多いらしい。
数年前に起きた魔王の暴走が影響してるらしいけど……。そんな世界で、僕がひとりで旅行するなんて無理だよね?
マルコなら誘ったら付いてきてくれそうだけど、それもなんだか悪い気がするし。村の外だと、あまり戦力にならないような気もするし。
さて、どうしよう……。
そう言えば、魔法に詳しいのはエルフのお姉さんだっけ?
まずは、その人に会ってから考えようかな。




