1 初めての異世界/ルビィ
「にゃーん……にゃあぁぁ……。ペロッ……」
小さな手で頭を揺すぶられる。
ざらざらの舌で口元を舐められる。
ご飯が待ちきれないのかな? けど、もう少し寝かせて……。
「んっ、ん〜……。そこはくすぐったいよ……シロ……」
「にゃー! にゃっにゃっにゃっ‼」
ちゃんと頭が働かないまま返事をすると、柔らかい肉球で頬をはたかれた。
「うわっ! んー……わかったよ……。それじゃあ、起きるから……」
蒼くて高い空。鮮やかな緑の葉。まぶしいほどの木漏れ日。
どうやら僕は森の中で、仰向けに寝転んでいるらしい。
「にゃっ? にゃー……。くぅーん……」
「お前が起こしてくれたんだね? ありがとう」
すぐ横から顔を覗き込んでいた猫が、頬に頬を寄せてきた。
見た目はそっくりだけど何故かわかる。
この子は、僕が粘土から造った白猫だ。
自分の部屋で寝てて、気が付いたら綺麗なお姉さんと白猫が居て。
そこで、いろんな話をしたような気がするけど……あれは夢だったんだろう。たぶん。
目の前に夢の中で造った白猫が居るけど、細かいことは気にしない。
秘密基地の話は内緒にするって、約束したような気がするし。
「えーっと……名前がないと不便だよね。まずは、お前の名前を——」
寝転がったまま腕を回して、白猫を胸に抱え上げる。
白くて長いひげ。内側だけピンク色の耳。
深みのある赤い瞳を見ていると、宝石の名前が頭に浮かんだ。
「ルビィ……。お前の名前はルビィで良いかな?」
「にゃー! にゃ〜ん……。ペロッ……」
どうやら気に入ってもらえたようだ。
ペロペロと口元を舐めてくれた。
「うん。それじゃあ、次は……ここはどこなんだろう?」
猫を胸に抱いたまま、地面に手をついてゆっくり身体を起こす。
乾いた落ち葉がカサカサと音を立てる。
どこか遠くから、鳥の鳴き声も聞こえてくる。
どうやら、森の中に出来たちょっとした広場に居るようで、人影らしいものも建物らしいものも見当たらない。
誰かに召喚されたって、夢の中で聞いたような気がするけど……。
召喚ってこう、大きな魔方陣を地面に描いて、大勢の魔法使いですごい儀式をするんじゃないかな?
……いや、待てよ。
ゲームだと、すごいモンスターをあっという間に召喚してたっけ。
どっちにしても、ここに誰も居ないってことは——
「出てくる場所を間違えた? そんなことがあるのかなぁ……」
「にゃあっ!」
「どうした? ルビィ」
胸に抱えていた猫が飛び出して、少し離れた木陰へと向かう。
よく見るとそこには、革製の大きなリュックサックが置いてあった。
肩に掛ける部分も丈夫そうな作りで、横には水袋も置いてある。
リュックの中身を確かめると、薄手の毛布やロープの他に、干し肉とちょっとした日用品まで入っていた。
「小さい鍋にナイフまで……。あれっ? これって、もしかして——」
リュックサックの一番奥に、白い布で包まれたレンガぐらいの大きさのものが入っていた。
目の細かい布をゆっくり開くと、中から白い粘土が現れる。
「やっぱり……。これは、僕が使って良いってことだよね?」
「にゃあー!」
いつの間にか僕は、革製の登山靴を履いていた。
厚めの靴下も良い感じで、履き慣れた靴のように馴染んでいる。
ズボンはゴワゴワした布で出来ていて、しっかりした作りの長袖シャツも革製のコートも、ちょうど良いサイズだった。
自分の部屋で寝てた時は、裸足にスウェットの上下だったはずだけど……これも、お姉さんからのプレゼントなのかな?
「綺麗なお姉さん……。いろいろ、ありがとうございます」
両手を合わせ、夢の中で会った女性に感謝する。
何故か隣で、ルビィが自慢げな表情を浮かべていた。