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閑話休題 第一世代

 天気の良い午後。

 広い草原でのんびり日向ぼっこしていたところに、通信が繋がった。

「兄さん……。陸兄さん、起きてますか……?」

「この声は氷河か。お前から声をかけてくるとは、珍しいな」

 家族しか使えない専用の回線だ。

 この回線に連絡が入るのは何年ぶりだろうか?


「申し訳ありません。ですが、どうしても兄さんに報告しておきたいことがありまして……。今、大丈夫ですか?」

「どうした? 春の大陸に何か大きな事件でも起きたのか?」

「昨日、人間の少年が私の元を訪れたのです。……姉上と一緒に」

「……お前は何を言ってるんだ? 姉上は今、月に居るはずだろう?」

 母上がこの世界を去る時、姉上は自分で行き先を選んだと聞いた。

 選んだ先が私たちの妹である、秋生まれの女神の神殿だ。

 姉上は妹たちを気に入っていたから、他の女神のところに引っ越すことがあるとしても地上に降りてくることはない……。そのはずではないか。


「私もそう思ってました。ですから、普通の人間を迎える時のように、古龍らしい態度で対応したのですが、態度が悪いと姉上から叱られまして。あの時は本気で死を覚悟しましたよ」

「いやいや。まさか、そんなハズは……」

「今、その時の記憶を送ります。念のために言っておきますが、心臓に悪いので注意して見てください」

 氷河は古龍の中でも常識を備えている方だ。

 第一世代からは無茶を言われ、第三世代からは愚痴を聞かされる。

 まるで中間管理職のような役割を果てしてきた第二世代の中で、氷河はいつでも落ち着いた態度で物腰が柔らかく、兄からも弟からも慕われている。

 そんな氷河がここまで言うとは、全て本当の話なのか?


 とりあえず、送られてきた記憶を再生してみた。

『ふみゃああぁっ‼ みゃあみゃあ! みゃみゃみゃあっ!』

『そんなことを言われても……。いえ、決してそんなつもりは……』

『みゃああぁぁぁぁぁ……。ふぎゃああぁっ‼』

『はい、はい……。申し訳ありません。私が悪かったです……』

 すーっと血の気が引いていく感覚。

 暖かい日差しに照らされているのに、急に心臓が凍り付いたかのよう。

 送られてきた映像を、最後まで見ることはできなかった。

 ……姉上が怒るのは我々が愚かな行動をした時だけだと、今となってはわかっているが、幼い日に植え付けられた苦手意識が勝手に反応してしまう。

 いつの日か、このトラウマを克服できる時が来るのだろうか?


「この声と口調は間違いない。姉上だな……」

「私の元を訪れた少年……。ソウタ殿を姉上は慕っているようで、ソウタ殿に謝罪することで、何とか許してもらいました」

「これは確かに、兄弟の間で共有しておいた方が良い情報だろう」

「姉上の件も大事ですが、報告したかったことは他にもありまして……。ソウタ殿を観察したところ、母上との(えにし)を発見しました」

「……お前は何を言ってるんだ? 母上がこの世界を去ってから、四千年近く経ってるんだぞ?」

「もしかしたら私の見間違いかもしれません。今から記憶を送るので、陸兄さんも調べてみてください」

 弟から短い動画が送られてきた。

 普通の人間にしか見えない少年と、その胸に抱かれている白い二尾魔猫(ツインテイルキャット)


 少年に意識を集中させると、手首に巻き付いている三本の糸が見えた。

 赤くて太い糸は少年の横に居る女性に繋がっている。

 赤くて細い糸はどこかに繋がっているようだが、途中から先が見えなくなっていた。

 そして、三本の中で一番細くて白い糸は——

「これは母上との縁ではないか!」

「そうですよね? 兄さんにもそう見えますよね?」

「この色と艶は間違いない。母上との縁だ」

「私もそう思ったので、その……。ルール違反なことはわかってますが、彼の記憶を了承なしに覗かせてもらいました」

「氷河の判断は正しい。あのルールは『特別な理由が無い限り』という条件付きだからな。これは明らかに異常事態だ」

 会話が途切れたタイミングで、一枚の静止画が送られてきた。

 切り株に腰を下ろして、にっこり微笑んでいる女性。

 最後に会った時より若返っているように見えるが、それぐらいのことで私が間違えるはずも無い。

 ……母上だ。


「読み取れた記憶はこれぐらいで……。申し訳ありません。母上と縁がある相手に、これ以上失礼を重ねるのは良くないと思ったので」

「うむ。その判断も間違ってない。それに、この一枚でも十分な成果だ」

「ソウタ殿から聞いた話では、一ヶ月ほど前に母上が彼の元を訪れて、いろいろな話をしたそうです。その中でも特に記憶に残ったのは、粘土に関する話のようでした」

「おそらく、その少年も粘土が好きなのだろう。お前も知ってると思うが、母上は粘土で何か作るのが趣味だからな」

「それで、その……。母上とソウタ殿が会ったのは私が居る大陸の、それほど離れていない場所のようです。それなのに、どうして母上が帰ってきたことに私は気付けなかったのでしょう?」

 ……なるほど。わざわざ声をかけてきた本当の目的はこれか。

 次に同じようなことがあった時、母上の帰還を察知して、自分も会いたいと思ったのだな。その気持ちはわかる。


「本気で身を隠した母上は、私の力をもってしても見つけられない。今回はお忍びでこの世界に帰ってきたのだろう」

「……第一世代の兄さんでも無理なのですか?」

「兄弟全員が力を合わせて探知結界を張ったとしても、母上なら何の反応も出さずにすり抜けられる。それだけ、母上と我々との間には力の差があるのだ」

「そうなんですね……」

「そんなことより、もっと別のアプローチを考え方が良いのではないか?」

「……別のアプローチとは?」

「母上が少年と会ったのは事実だとして、そのためだけに世界を越えて戻ってきたとは思えない。何らかの理由があって……。おそらく、妹の中の誰かに呼び戻されたのでは無いか?」

「確かに。そう考える方が自然ですね」


 送られてきた動画に写っている少年に、再び意識を集中させる。

 さっきは母上との縁を発見したところで止めてしまったが、龍の目でじっくり観察すると身体の奥で淡く光ってる暖かいものが感じられた。

「どうやら、この少年は複数の女神から加護を得ているようだな。氷河の居る大陸に住んでいることを考えると、春の女神かその眷族か……」

「では、私の方から春に連絡を取ってみましょう。母上を呼ぶ必要があるほどの事件が起きてるのだとすれば、何か力になれるかもしれません」

「そうするのが良いだろう。今の話が見込み違いだったとしても、何らかの情報は得られるはず——」


「何の話をしてるんですか? 陸兄さん」

「ずっと退屈してたんだ。僕たちも混ぜてもらって良いよね?」

 氷河と話していた回線に、いきなり二人も割り込んできた。

「海と空か……。さては、最初っから聞き耳を立ててたな?」

「まぁまぁ、細かい話は置いといて」

「面白い話の予感がしたので、許してください」

 私と同じ第一世代の二人。つまり、力も時間も有り余ってる二人だ。

 今から排除しようと思っても無理だし、話に巻き込むのが最善か。

 この二人の力が必要になることなど無いと思うが……。まさかな。


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