3 古龍の使者
『おはようございます。マスター』
厚手の毛布にくるまって夢うつつの気分を味わっていたら、頭の中から女性の声が聞こえてきた。
何度も聞いたことがある、落ち着いた雰囲気の声だ。
「おはよう、リンドウ……」
ゆっくりまぶたを開いて寝室の様子を確認する。
カーテンの外が暗い。起きる時間には早そうだけど——
『マスターに報告したいことがありまして、声をかけさせていただきました』
「報告って……? 何か、あったのかな……」
『私が覚えていた怪我を治す魔法と病気を治す魔法と毒を治療する魔法をそれぞれ発展させて統合することで、万能治癒魔法の開発に成功しました。身体の一部が欠けるようなひどい怪我でも、これまでは治せなかった重い病気でも、今後は対応可能です』
いつもより速いペースで一気に言葉を紡ぐのは、リンドウが興奮してる時のクセだろう。
「……まさかとは思うけど、生命の樹に対抗してる?」
『いえ、決してそんなことはありません』
「ふみゃあ〜……」
枕元で丸まっているルビィが、何故か大きなあくびをした。
『同時に、新しい本に載っていた生命復活に関する儀式魔法の改良にも成功しました。体力が全て失われて活動不能状態に陥ったとしても、魂さえ残っていれば即座に復活可能です』
「人を生き返らせる魔法には、専用の魔方陣と神聖魔法が使える聖職者が何人も必要で、簡単には使えないって話じゃなかったっけ……?」
『がんばりました!』
誇らしげな雰囲気が、短い言葉から伝わってくる。
「ありがとう、リンドウ。よくがんばったね……。いざという時は頼りにしてるから……。もう少し、寝かせて……」
『おやすみなさいませ。マスター』
☆
二本の苗木を教会に譲って、少しだけ広くなった工作室。
窓の外を眺めながら今日は何を作ろうかと考えていたら、ノックの音がしてマーガレットが部屋に入ってきた。
「おはよう、ソウタ君」
「おはようございます」
午前中は自分の部屋でのんびりしてるかアラベスの訓練に付き合ってることが多いマーガレットが、いきなり工作室に来るのは珍しい。
「ソウタ君にお願いしたいことがあるんだけど……。とりあえず、話を聞いてもらっても良いかしら?」
「もちろん良いですよ」
「私の古い知り合いに、ちょっと変わった冒険者が居るのよ。旅芸人で吟遊詩人で遊び人で商人で、冒険者らしくない変な人が。その人がどうしてもソウタ君に会いたいってうるさくて……。申し訳ないけど、一度でいいから会ってあげてもらえないかしら?」
……旅芸人で吟遊詩人で遊び人で商人?
どれもゲームで見たことがある職業だけど、一人で全部やってるの?
「会うぐらい、いつでも良いですよ。なんだか面白そうですし」
「本当? 助かるわ。もう〜話がしつこくてしつこくて、最近は断るのも面倒になってたのよね」
「何か、準備しておいた方が良いこととかありますか?」
「ソウタ君はいつも通り、のんびりしててくれれば良いわ。会えるって言えば勝手に飛んでくると思うから……。たぶん、明日か明後日には来るんじゃないかしら?」
「わかりました。じゃあ、のんびりしてますね」
マーガレットから話を聞いた翌日。
喫茶室でお茶を飲んでいたところに、その男がやってきた。
「はじめまして、ソウタ殿。私の名前はベレッチ。ダイヤモンドランクの冒険者ということになっていますが、その正体は、主のために面白い話を求めて大陸中を彷徨い歩く……。御伽衆の一人です」
「あっ、はい。そうですか……」
浅黒い肌。短く切りそろえられた髪。
水球選手のような体型にぴったり合ってる黒いスーツ。
どこからどう見ても、旅芸人にも吟遊詩人にも商人にも見えない男性が優雅に腰を折り、丁寧に自己紹介してくれた。
……あえて言うのなら遊び人かな?
高級なホストクラブなら、こんな人が居てもおかしくないのかも。
ホストクラブに行ったことがないから、本当のところはわからないけど。
「あらあら……。何事にも慎重なあなたが、いきなりそこまで自分のことを話すだなんて。雪でも降るのかしら?」
「早くソウタ殿に会いたいと、主からせっつかれていてね。そのためには情報を全て明かすべきだと判断したまでだよ」
ティーカップを手にしたままベレッチに声をかけるマーガレット。
いつもの丸テーブルにユーニスやアラベスも座ってるけど、二人は聞き役に徹しているみたいだ。
「それなら、続きをどうぞ」
「たまたま縁あって、ソウタ殿とマーガレット様が妖魔の森で炎の精霊と戦うところを見させていただきました。その様子を主に報告したところ、特にソウタ殿に興味を持たれたようで、直接会って話をしたいとのこと。どうか、私と一緒に主の元を訪れてもらえないでしょうか?」
「それだけだと情報が足りないわよ。特に、あなたの主について……。正式に招待するぐらいなら、隠す必要もないでしょう?」
「これは失礼しました。では……。ソウタ殿は古龍について、どの程度ご存じでしょうか?」
「えっ? えーっと……。白の女神がこの星を人が住めるように改良した時、作業を手伝ってもらうために作った竜、でしたっけ」
ベレス村の村長から、そんな話を聞いた覚えがある。
浮島で会ったレムリエルさんからも同じような話を聞いたっけ。
「その通りです。白の女神が自ら産み出した原初の竜。山を砕いて人が住める場所を作り、風の流れを変えて鳥が飛べるようにし、荒波を静めて魚が泳げるようにした存在。全部で十五体居たとされる古龍のうちの一体が我が主であり、主は間違いなくソウタ殿に会いたがっています」
「彼の主が古龍だという話は本当よ。その繋がりで、面倒な事件に巻き込まれたりもしたけど」
「主の力を借りて、あなたを助けたこともあったと思いますが?」
「ちゃんと覚えているわよ。だからこうして、ソウタ君に会わせてあげてるんじゃない」
整った笑顔を浮かべて会話を交わすベレッチとマーガレット。
……マーガレットの方は微妙に怒ってない? 気のせいかな?
「マーガレットは古龍と会ったことがあるんですか?」
「会ったというか……。近くに行って声を聞いたことがあるぐらいね」
「僕が行っても大丈夫でしょうか……?」
「ソウタ君なら問題ないでしょう。彼の主も、わざわざ招待しておいて危害を加えるようなことはしないと思うわ」
……少なくとも、マーガレットは反対していないようだ。
古龍に会ってみたいし、これは招待を受けるべきか。