1 生命の樹と夫婦の樹
魔獣討伐を見学して、冒険者の実力を把握できたと思う。
最も強いとされているのがダイヤモンドランク上位の冒険者たち。
警報レベル4の魔獣が相手でも、メンバーを集めて協力して戦えば討伐できるレベル。
後からユーニスやアラベスに聞いた話だと、人間の国の“勇者”や魔族の国の“魔王”も、このクラスの力を持ってるそうだ。
……そう言われてみると、魔獣討伐に集まっていたパーティにエメリックさんが入っててもおかしくないか。
オニキスに力試しを挑んだ時は魔法も身体強化も効かなかったけど、ギノテリウムが相手なら活躍できてたと思う。
そんなダイヤモンドランク上位の冒険者より強いのが伝説の英雄。
それも、『少し強い』ぐらいではなくて桁が違う強さ。
上位の冒険者が束になってかかっても英雄には勝てそうにないし、英雄が本気を出して巨人族の姿になった日には……。睨まれただけで動けなくなるんじゃないかな?
それぐらい、力に差があるだろう。
魔獣討伐の帰り道、獣人族の女の子を助けられたのも良かったな。
家族を守るため、イノシシの群れを相手に戦っていたソーニャのお兄さんとお姉さんは立派だと思う。
後からマイヤーに聞いた話だけど、群れを率いていた牙が銀色のイノシシは野生のイノシシの中でもかなり強い方らしい。
マーガレットはあっさり倒しちゃったけど。
ソーニャの猫耳は可愛かったし、お土産にもらった果物は美味しかった。
オーナーさんの話によると、複数の家族が住み込みで働いて広大な果樹園を経営しているそうだ。
いろいろな種類の木を植えてあるから、春から秋まで何かしらの果物が採れるらしい。
……また来年の春にでも、果物を見せてもらいに行こうかな?
☆
毎日のんびり過ごしている間に、徐々に気温が冷え込んできた。
屋敷の中はどの部屋も暖房が効いてるから気にならないけど、午後の散歩で肌寒さを感じる。
寒くなって、温泉が恋しくなって、久しぶりにベレス村に行ってきた。
前に転送魔法の実験で行った時は何の用意もしてなかったので、今回は手土産として屋敷の近くの村で買った魚介類を持っていった。
マルコやキアラさんは相変わらず元気そうだったけど、夏に会った時は普通に歩いていた村長さんが病気で寝込んでいた。
毎年、雪が降り始めると体調が悪くなるそうだけど……。どうにかできないのかな?
マーガレットとユーニスとアラベスとマイヤーを連れて、ベレス村の隣の村にある温泉にも行ってきた。というか、温泉がメインの目的だな。
僕はマルコと二人で静かに入ってたけど、隣の女湯は賑やかだった。
これが漫画やアニメなら、温泉回で盛り上がるんだろうけど……。現実には、なかなかうまくいかないな。
ベレス村に行った勢いで、石像使いのおじいちゃんにも会いに行ってきた。
この前会ったのが夏になる前だったから、四ヶ月ぶりぐらいか。
ガーディアンやアイアンゴーレムから採取した素材を見てもらって、今回もいろいろ教えてもらった。
木彫りの熊を仮初めの石像で動かして見せたら、すごく褒めてもらえた。
冬の城にも行ってきた。
いつものようにお茶を飲んで、美味しいご飯を食べて、一泊して帰った。
パーカーさんから新しい本をもらって、リンドウがすごく喜んでた。
しばらくの間、寝る前に本を読むのが日課になった。
そんな感じで遠出を繰り返している間に、工作室に置いてた鉢植えが大きく育っていた。杉の木っぽい苗木の方がとりわけ成長が早いようで、今にも天井に届きそうな高さになっている。
鉢植えのままにしておくには窮屈そうだけど……。女神様に教えてもらった木を、屋敷の裏庭に植えても良いんだろうか?
特に何も注意されてないし、好きにして良いのかな?
念のためにユーニスとマーガレットに相談したら、二本の苗木はどちらも特別な樹だって教えてくれた。
桃をイメージして作った方が生命の樹で、その実を使えばどんな怪我や病気でも治せる薬が作れる。
杉の木をイメージして作った方は夫婦の樹と呼ばれていて、この樹に祈れば種族の垣根を越えて子供を授かることができる。
どちらの樹も現在では失われた存在だが、最初の大戦が始まった頃までは大陸のいろいろな場所で大事に管理されていた。
特に生命の樹について、マーガレットは今となっては知られていない知識を持っているそうで、葉っぱから薬を作る方法を教えてもらった。
二人から話を聞いて……。実験って言うと言葉が悪いけど、本当に薬が効くのか試してみたい人を思いついた。
こっちの世界に来てから最初にお世話になった、ベレス村の村長さんだ。
大事な樹の葉を勝手に使って良いのか悩んだけど、マーガレットもユーニスもアラベスもマイヤーも、僕が作った樹なんだから僕が使うのは当然だって言ってくれたし、一回だけ試させてもらおう。
使えることがわかったら、いつか役に立つかもしれないし。
☆
生命の樹から大きめの葉っぱを一枚もらって、転送魔法でベレス村へ。
ベッドで寝ていた村長さんに事情を説明したら、すぐに薬を飲むことに同意してくれた。
……オニキスの話とか転送魔法の話を聞いて、僕がおかしなことをするのに慣れてるのかな?
話が早いのは助かるけど、ちょっと気になる。
まずは、村長代行のキアラさんにお茶を入れる用意をしてもらう。
濡らしたタオルで葉っぱを綺麗に拭いて、両手で挟んで魔力を注入。
魔力があふれそうになったタイミングで葉っぱを揉みほぐして、お湯と一緒にティーポットに入れて、そのまま三分ほど蒸らして薬が完成した。
濃い緑色だった葉っぱが魔力を注ぐと桃色になって、お湯に溶け出した薬(?)も綺麗な桃色だった。
毒味という訳じゃないけど、まずは僕から飲んでみた。
……ほんのり甘くて桃の香りがするお茶かな?
寝る前に飲んだら、朝までぐっすり眠れそうな感じ。
特に問題は無いようなので、村長さんにも飲んでもらった。
どうやら、村長さんの方が強く効果が出たみたいだ。
すごく眠くなったそうなので、そのまま寝てもらって、後はキアラさんに任せて僕たちは屋敷に帰った。
二日後。キアラさんから連絡が入った。
村長の病気がすっかり治ったそうだ。