閑話休題 女神と女神
仕事を終えた帰り道。
私は秋生まれのお姉様の家へと向かいました。
何か話しておきたいことがあるそうですが——
「それで……。今日は何の話でしょうか? お姉様」
「お母様から聞いた話を、春さんにも伝えておこうと思ったのです」
前にも通されたことがある畳の部屋。
お姉様は温かいお茶と一緒にお煎餅を出してくださいました。
「……お母様から? お母様と連絡が取れたのですか?」
「二日ほど前、この世界にお母様が戻ってこられました」
「そんな話、誰からも聞いてないのですが……」
この世界にお母様が姿を見せるのは何千年ぶりでしょう?
お姉様の話が本当なら、私たち四季の女神はもちろんとして、眷族の女神や天使たちも総出でお迎えしないといけない事態です。
「騒ぎにならないよう、お忍びで帰ってきたそうです。昨日の夜は、この部屋にお母様が泊まったのですよ」
「私も呼んで下されば良かったのに……」
「春さんは今日まで仕事で忙しかったのでしょう」
「それはそうですが、でも——」
「いくつか確かめたいことがあったそうで……。そのために、わざわざ世界を越えて戻ってきて、昨日は創多さんに会ってきたのですよ。お母様が」
「……何かわかったのですか?」
穏やかだったお姉様の顔が、真剣な表情に変わりました。
わざわざ私を呼んで、直接話をするのです。創多さんに関することで、よほど大事な話があるのでしょう。
「魂の器が進化したのに肉体が進化しないで人間のままなのを、春さんは気にしてたでしょう?」
「はい。人間の身体で神の器を支えるのは、苦しいのではないかと……」
「お母様から聞いた話ですが、進化するタイミングがずれるのは普通のことだそうです。魂の器と人の身体。どちらかが先に進化して、必要に応じてもう一つが後から追いつくと」
「そうなのですね……」
眷族任命の秘術を使った場合、器と身体が同時に進化します。
私はこのケースしか知らなかったのですが、お姉様の話によると同時に進化する方がイレギュラーなのでしょう。
「ただし……。創多さんの場合、他に理由があるそうです」
「理由、とは? 身体の進化が遅れるのは普通のことなのですよね? そこにどんな理由があるのでしょう?」
「私も同じ疑問を持って、お母様に質問しました。ですが、その内わかると言うばかりで、はっきりしたことは教えてくれなかったのです」
……肉体が進化せずにとどまっている理由?
普通の人と創多さんの違いと言えば、彼が異世界出身な点でしょうか。
他には思いつきませんが——
「神術の扱いについても聞いてみたのですが、創多さんに急いで教える必要はないそうです。そもそも、彼に神術は必要ないのかもしれないと」
「……どういうことでしょう? 現在の創多さんの状態では、神術を知らない方が危険なように思えるのですが」
神術とは文字通り、神の力を振るう術。
海を割り、山を崩し、死んだ人を生き返らせるなど、どれも強力すぎるほど強力なため、扱いには注意が必要です。
誤った使い方をして神の力を暴走させるのも危険ですから、神術については早めに教えた方が良いと思うのですが……。
「これは私の想像ですが、既に創多さんには強力なパートナーがそろっているでしょう? 私たちが眷族に能力を委譲しているように、彼のパートナーたちが代理として力を振るえば……。創多さん本人は、神術を使う必要がないと言うことではないかしら?」
「それは……。有り得る話かもしれないですね」
お姉様ほど詳しくはないですが、創多さんのパートナーについて、私も眷族の女神から話を聞いています。
ルビィさん、トパーズさん、オニキスさん、リンドウさん。
あの人たちが順調に進化を続ければ、創多さんが神術を使う必要はないかもしれません。それなら、人間のままでも問題ないのかも——
……人間のパートナーが神の眷族として力を持つのは、それはそれで問題があるのではないでしょうか? 神と人間の違いとは?
なんだか、頭が混乱してきたようです。
「今、創多さんは人間なのでしょうか? それとも、既に神になっているのでしょうか?」
「眷族任命の秘術を使った時も、眷族として働けるようになるまで一年近くかかるでしょう? それと同じで、創多さんも移行期間なのではないかしら? どれぐらい時間がかかるのかわかりませんが」
「なるほど……」
素質のある人に眷族任命の秘術を使った時でも、神の身体に慣れるまで半年ほどかかります。神術を問題なく使えるようになるために、さらに半年ほどかかるのが普通です。
そう考えると、創多さんの進化が完全に終わるまで、経過を見守るのが良いような気がしてきました。
「念のためにお母様は、創多さんと契約を交わしたそうです。詳細な内容は最後まで教えてもらえなかったのですが、おそらく移行期間が終わるまで、創多さんや彼のパートナーたちが力を使いすぎて暴走しないようにするための契約だと思われます」
「お母様がそこまでされているのでしたら、私たちが心配する必要はなさそうですね」
創多さんがどれほど力を秘めているのかわかりませんが、お母様の力を超えることはないでしょう。
これで、何があっても大丈夫です。
「それと……。春さんに、お母様から伝言を預かっています」
「私にですか?」
「『春さんの大陸から生命の樹と夫婦の樹が失われているようなので、創多さんに託しておきました』だそうですよ」
「……はい?」
どんな怪我や病気でも治す、エリクサーと呼ばれる薬があります。
そのエリクサーの原料となる実が採れるのが、生命の樹です。
ケンタウロス族とハーピー族の夫婦など、どれだけ愛しあっていても子供を作れないカップルがいます。
しかし、どのようなカップルでも夫婦の樹の前で祈りを捧げれば、種族の垣根を越えて子供を授かることができます。
どちらの樹も、二度の大戦の間に失われていたのですが……。お母様はどうしてそのことを知っていたのでしょうか?
こちらの世界に戻ってきてから気付いたのでしょうか?
そして、最大の疑問は——
「どうしてお母様は大事な樹を、創多さんに託したのでしょうか?」