7 村長会議
月曜日のお昼過ぎ。
毎週恒例の会議が、村長屋敷のダイニングルームで行われていた。
村長代行のキアラはもちろん、牧畜班・加工班・農業班・営業班から各班の班長に、狩猟班からは親方のカルロ。あとは教会の司祭も、子供たちの教育に関わる立場として参加している。
「それでは……特に大きな問題は無いということで、よろしいですか?」
「村長代行! もう一点、報告があります」
出席者からの報告が終わり、キアラが会議を閉めようとしたところで、営業班の班長が手を挙げた。
「どうぞ」
「例の鉄爪熊ですが、全部位の販売先が決まりました。ちゃんとした金額はあとで出しますが……村の記録を遙かに更新する予定です」
「分け前の計算が終わったら、まずは俺を呼んでくれ。坊やには、俺から渡したいんでな」
「それは良いけど、その時は私の分も礼を言っておいてくれよ。毛皮に傷一つ無かったおかげで、額を吊り上げやすかったって」
営業班からの報告に、狩猟班のカルロが絡んでくる。
「解体は私がやったんだが……この目で見ても信じられなかったよ。あんなに状態の良い鉄爪熊なんて、二度と出ないだろうね」
「それは、血抜きをやった俺の腕を褒めてくれてるのかい?」
「そんな訳ないだろ! まぁ、あんたの腕も悪くはないがね」
あとから会話に入ってきた加工班の班長も含めて、三人とも嬉しそうな表情を浮かべていた。
「村長代行。私からも一つ、良いかな?」
「はい、どうぞ」
明るい会話が途切れたタイミングで小さく手を挙げて発言を求めたのは、牧畜班の班長だった。
「坊やの話で思いだしたんだが……。村の西に抜ける古い道があるだろう? 何年か前に崖崩れが起きて、通れなくなってた道だが」
「もちろん、それは知ってますが……?」
「もう、通れるようになってるから。時間がある時にでも確認して、問題ないようならみんなに伝えてくれ」
「んっ? それはどういう意味ですか? あそこは落ちてきた岩が邪魔なだけじゃ無くて、上の方がさらに崩れそうで、手を出せなかったはずでは?」
「俺たちには無理ですが……鉄の巨人を使って、通れるようにしてくれたんですよ。あの坊やが」
立派な口髭を蓄えた班長が、深刻そうな表情で言葉を続けた。
☆
その日。村長屋敷に泊まっている坊やは、羊の放牧を手伝うはずだった。
他にやりたいことが出来たので休みにして欲しいと言われ、牧畜班の班長は素直に了承した。元々、そんなに力になると思ってなかったらしい。
そこで、坊やと一緒に挨拶に来たマルコが妙に楽しそうな顔をしているのに気付き、自分も仕事を休みにして二人についていくことにした。
誰も通らない道を西へと進み、崖崩れが起きている場所に到着。
坊やがポケットから何かを取り出して呪文を唱えると、そこには、見上げるほど大きな鉄の巨人が立っていた。
「巨人ってあれか? たまに、街で見かけるような——」
「違う違う。もっとずっと大きくて……そうだな。教会の鐘に手が届くぐらい大きかったな。しかも、身体が鉄で出来てるんだ」
口を挟んだのは狩猟班のカルロだったが、他の参加者も全員が同じような疑問を抱いていたようだ。
「おいおい……。それは本当の話なのか? 夢でも見てたんじゃ無いのか?」
「嘘だと思うんなら、お前もあの場所に行ってみると良い。爪痕がくっきり残ってるから」
その巨人は、道を塞いでいた大岩を邪魔にならない位置へと放り投げ、岩肌に指を突き立てながら崖を登り、崩れそうになっていた所を拳で砕いて滑らかにしてくれた。
最後は残っていた岩を足で踏み潰して、歩きやすいように道を丁寧にならしてくれたそうだ。
「それを全部、坊やが指示したのか?」
「俺にはそう見えたな。でっかい巨人が、言われたとおりに動いてたよ」
「野獣使いって、そんなことまで出来るの……?」
ポツンとつぶやいたのは、農業班の班長を務めている女性だった。
「俺が言うのも何だが……信じてもらえなくても仕方ないと思う。だから、村長代行が自分の目で判断して下さい」
「わかりました。あとで、マルコにも話を聞いてみます」
「この話はあまり広めないで欲しいって、坊やが言ってました。まぁ、ここに居る人間なら、誰にも言わないと思いますが」
「つまり、道が通れるようになった理由を、俺たちででっち上げる必要があるんだな? 今日は、帰りが遅くなりそうだ……」
どこからともなく、大きなため息が聞こえてくる。
カルロの口調は軽かったが表情は真剣そのもので、ダイニングルームには深刻そうな空気が漂っていた。