4 女神の加護
「エメリックさんの話が一区切りついたようですし、私からもいくつか質問させていただいて宜しいでしょうか?」
「あっ、はい。何でしょう」
先代魔王の話が終わって部屋の空気が落ち着いたタイミングで、今度はフォルティナさんから声をかけられた。
「ソウタさんとマルーン様は、二人とも女神の加護をお持ちですよね? 女神様との関係について、話を聞かせてもらえないでしょうか?」
「……女神の加護って何ですか?」
「女神の加護を授かった人は怪我や病気をしにくくなって、寿命も延びるって言われているわね。ちょっとした幸運に恵まれるって話もあるわ」
僕の疑問に答えてくれたのは、斜め前の席に座っているマーガレットだ。
「その加護が、僕に……?」
「そういうことになるわね」
「みゃあっ!」
テーブルの上で行儀良くお座りしていたルビィが、まっすぐ僕の顔を見ながら可愛い声で鳴いた。
これと良く似た光景を、前にも見たような気が——
「あっ! あー……。もしかして、あの時かな?」
「心当たりがあるのですね?」
「有ります、けど……」
マルーンに召喚されてこっちの世界に来る途中、秋の女神から粘土をもらった時にそんなことを言われた気がする。
けど、これって広めても良い話かな?
フォルティナさんに答えるのは良いとして、エメリックさんやお付きの人に聞かせるのは……どうなんだろう?
「では、話をする前に人払いを」
チラリと視線を向けただけで、気にしてることが伝わったようだ。
僕の代わりにマーガレットが指示を出してくれた。
「私は別室で待機させていただきます」
マーガレットの言葉を受けて、エメリックさんの後ろに立っていた人がドアの方へと早足で向かう。
命令される前に自分で判断して動く……。先代魔王の付き人らしく、有能な人物なんだろう。
「……エメリックさん。あなたも席を外してもらえますか?」
「お母様? 私はバラギアン王国の先代魔王で、現魔王の父ですよ? どんな情報でも、知っておいた方が良い立場だと思うのですが」
「でも……。ここで話を聞いたら、引き返せなくなりますよ?」
困惑した表情のエメリックさんと、にっこり微笑むフォルティナさん。
女神様に関する話って、エメリックさんが聞いたら危ないのかな?
アラベスには全部言ってる気がするけど、大丈夫なんだろうか?
「……わかりました。私も別室で待たせてもらいましょう。アラベス、お母様の世話を頼んだよ」
「わかりました」
ドアの前で待っていたエミリーさんが、先代魔王とお付きの人を他の部屋へと案内する。
これで、喫茶室に居るのは僕とマーガレットとユーニスとアラベスとマイヤーとフォルティナさんの六人だけになった。
……女性が五人に男は僕ひとり?
いつものお茶の時間にフォルティナさんが増えただけかもしれないけど、なんだか緊張するな。
「お気遣いいただき、ありがとうございます。マーガレット様」
「どういたしまして。……私の正体については説明不要でしょう?」
「はい。全て理解しております」
「それなら話は早いわね。英雄に祝福を与えた賢者が春の女神。私に女神の加護があるのは、そういう理由よ」
僕が一人でこっそり緊張している間にも、マーガレットとフォルティナさんは会話を続けている。
……この二人は本当に初対面なのかな?
昔からの知り合いのように、自然な雰囲気で話をしてるけど。
「その時以降で、春の女神とお会いしたことは……?」
「最近になって再会できたのだけど……。その話も含めて、続きはソウタ君から話してもらいましょう」
「えっ? 僕ですか」
「彼女なら信用して大丈夫だから、ソウタ君が女神様と会った時のことを詳しく話してあげて。ねっ」
パチンッと音が聞こえてきそうなほど見事なウィンクをするマーガレット。
これはもう、言われたとおりにするしかないよね。
こちらの世界に来る途中で、秋の女神に会って粘土をもらった話。
千年闇の森を彷徨っていたアイアンゴーレムを倒して、浮島に招待されて魔法の女神と会った話。
再び浮島に招待されて春の女神と会って、秋の女神と再会した話。
春の女神と会いたがっていたマーガレットを浮島に連れて行って、春の女神から眷属の女神を紹介された話。
秋の女神にリクエストされて造った女神像に、女神が降臨した話。
妖魔の森で炎の精霊と戦った後、空から降りてきた豊穣の女神と会った話。
「女神様と会った話は、これで全部だと思います」
フォルティナさんの質問に途中でちょこちょこ答えながら、女神様に関するエピソードを詳しく説明した。
「まさか、これほどとは……。念のためにお聞きしますが、ソウタ殿が会った魔法の女神というのはレムリエルであってますか?」
「あっ、はい。そうです。赤い髪にスーツが似合う女神様でした」
「小さかったあの子が、立派な女神になったのですね……」
「……フォルティナさんは女神様とどのような関係が?」
「これは、息子や孫にも言ってない話なのですが……」
マーガレットの言葉を受けて、フォルティナさんがチラリとアラベスの方に視線をやった。
「私も春の女神の元で働いていた……。春の女神の眷族だったのです」
「……えっ?」
「やはり、そうでしたか……」
あれっ? 驚いてるのは僕だけ?
他の人はみんな、落ち着いた表情のままだ。
ルビィなんて、前脚に頭をのせて大きなあくびをしてるし。
自分の我が侭で女神の眷族を辞めて、地上に降りたこと。
魔族の男性と結婚して子宝にも恵まれ、幸せに暮らしていたこと。
最近になって、お世話になった春の女神や仕事を引き継いでくれた魔法の女神のことが、妙に気に掛かるようになったこと。
占星術で僕と女神の間に深い縁があると出て、女神の話を聞きたくて息子の訪問に付いてきたこと。
この屋敷に来た理由を、フォルティナさんが説明してくれた。
「まさか春の女神のご様子だけでなく、昔の同僚や後輩の話まで聞けるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます、ソウタさん」
「僕はただ、話をしただけで……。ですから……ん〜。フォルティナさんが春の女神に会えないか、僕から聞いてみましょうか? 直接会って話をした方が良いですよね?」
「……えっ? あっ、いえ、でも。自分から眷族を退いた身としては、こちらから顔を見せるのも申し訳なくて……。魂が天へと昇る時に、女神様に謝罪したいと思います」
「そうですか? 春の女神も魔法の女神も、フォルティナさんが会いに行けば喜んでくれると思うけど……」
「ここは本人の意思を尊重しましょう。ソウタ君」
「そうですね……」
……こっそり聞いてみるぐらいなら良いかな?
次に春の女神と会えるのがいつになるかわからないけど、覚えてたら聞くだけ聞いてみよう。
☆
その日の夜。春の女神の夢を見た。
エメラルドグリーンの瞳。春の草原のように美しい若草色の髪。
女神様はにっこり微笑むだけで、特に言葉はなかったけど……。言いたいことはなんとなく伝わってきた。
いつもより早い時間に目が覚めて、軽くシャワーを浴びて工作室へ。
前に一度、秋の女神の像を作ってるとはいえ、自分でもびっくりするぐらい早く春の女神の像が完成した。
自分の指で粘土を加工しているはずなのに、粘土の方が先に形を変えて、後からなぞって仕上がりを確かめているような感覚。
……それだけ、白い粘土に慣れてきたのかな?
女神像は完成したけど、これを剥き出しのまま渡すのは問題があるか。
そう思って、木の板を組み合わせて箱を作ってたところに、朝食の準備ができたとマイヤーが呼びに来た。
朝早くから工作室で何をやっていたのか、ご飯を食べながらマイヤーに説明すると、どこからともなく厚手の綺麗な布を出してきてくれた。
これで女神像を包んで箱に入れてはどうか、と。
大きさも肌触りも良い感じの布。さすがマイヤーだな。
朝ご飯を食べて少しのんびりして、バラギアン王国へと帰るエメリックさんやフォルティナさんをお見送り。
お土産として春の女神の像をフォルティナさんに渡したら、涙を流すほど喜んでくれた。
喜んでくれたのは良かったんだけど……。よく考えたら、フォルティナさんだけじゃなくてエメリックさんにも何かお土産を渡すべきだったのかな?
アラベスに聞いたら『そこまで気を使う必要は無い』って言われたけど、やっぱり気になるし、次からはもう少し考えよう。