3 先代魔王の訪問(後編)
たぶん、エミリーさんが手配したのだろう。
いつもは丸いテーブルが置いてある喫茶室に、今日は長方形のどっしりとしたテーブルが置いてあった。
窓際の席にマーガレットとアラベスとユーニスが座り、向かい側の席にエメリックさんとフォルティナさんが座る。
エメリックさんが連れてきたスーツ姿の男性はお付きの人みたいで、エメリックさんの後ろに立っている。
僕はテーブルの短い辺の、いわゆるお誕生日席と呼ばれている席に座った。
……こういう席に慣れてなくてなんだか落ち着かないんだけど、屋敷の主がここに座るって決まってるらしい。
「本日のお茶請けは、お客様から頂いたドーナッツです」
「えっ? これって……。えっ?」
オールドファッション、フレンチクルーラー、ポン・デ・リングなど。
メイドさんがお茶と一緒に出してくれた皿には、どこかで見たようなドーナッツがずらりと並んでいた。
「バラギアンの王都にある店で買ってきたんだよ。きっと、ソウタ君が喜んでくれると思ってね」
「異世界人が開いたお店のスイーツですね。私も大好きです」
「ガーディアンに関する調査で王都に滞在していた時、マーガレット様と一緒によく食べに行ってました」
日本で食べた味を懐かしく思っている間にも、女性陣は遠慮なくドーナッツに手を伸ばしている。
どれも美味しそうで迷っちゃうけど——
「みゃあみゃあっ!」
「あれっ? ルビィ、いつの間に」
こっそりメイドさんと一緒に入ってきたのかな?
僕の部屋でお昼寝していたルビィが、ドーナッツの盛られた皿の前で可愛くおねだりしていた。
「ルビィさんにもお皿とミルクを用意しますから、もう少しだけ待っててもらえますか?」
「みゃあぁ〜」
屋敷で働いているメイドさんはルビィの扱いにも慣れたもので、急に姿を現しても落ち着いて対応している。
「……こちらの、白い二尾魔猫様は?」
対照的に、ルビィを見て驚いているのは……フォルティナさん?
あれ? 同じような反応を前にも見た覚えが——
「この子の名前はルビィと言いまして、僕の相棒です。念のために言っておきますけど、女神の使徒ではないですよ」
「そうなんですね……。はじめまして、ルビィさん。背中を撫でさせてもらっても良いですか?」
「みゃあみゃあ〜」
返事をしたルビィがテーブルの上をてとてと歩き、フォルティナさんの前で丸まって撫でられる姿勢になった。
どうやら、フォルティナさんのことが気に入ったみたいだ。
☆
美味しいお茶に美味しいドーナッツ。
エメリックさんとアラベスは、久しぶりに会った親子の会話。
フォルティナさんとマーガレットは初対面だけど共通の知人が居て、ユーニスもその人を知ってるみたいで会話が盛り上がっていた。
「そろそろ本題に入りたいんだけど、良いかな? ソウタ君」
「あっ、はい。どうぞ」
親子の会話が一区切りついたようだ。
僕の方に向き直ったエメリックさんが声をかけてきた。
「まずは面倒な話から……。例の物をお渡しして」
「はっ」
エメリックさんが指示を出すと、後ろに立っていたスーツ姿の男性がテーブルの横をぐるっと回ってきてマイヤーに鞄を渡す。
受け取ったマイヤーが中身を確かめて、中が見えるように開いた状態で僕の前に鞄を置いた。
……これは、金貨であってるのかな?
こっちの世界に来てから何度か金貨を見たけど、僕が知ってる金貨より二回りほど大きくて、一枚一枚が透明なケースに収められている。
その大きな金貨っぽい物が、革の鞄に隙間なく詰め込まれていた。
「ソウタ君とマーガレット様にお世話になったお礼として、大金貨五百枚を持参しました。これで宜しいでしょうか?」
「問題ないでしょう。ソウタ君も良いわよね?」
「あっ、はい。マーガレットが良いのなら、大丈夫です」
僕が小さく頷くと、マイヤーが鞄を閉じてどこかに持っていった。
どう管理してるのか知らないけど、お金の扱いはマイヤーやエミリーさんに任せておけば問題ないだろう。
大金貨にどれぐらい価値があるのか気になるけど……。そこは、あとでユーニスやマーガレットに聞けば良いか。
「それでは、死霊術師に関する報告を……」
マーガレットが捕まえた死霊術師について、わかったことをエメリックさんが説明してくれた。
死霊術師は肉体を乗り換える方法で、何百年にもわたって活動していたこと。
肉体に残っていた記憶と死霊術師の記憶が複雑に絡んでいて、解析に時間がかかったこと。
それでも、ここ百年ほどの活動については把握できたこと。
金で雇われていた協力者についても、調査が進んでいること。
「記憶を深く探ったところ、今では失われた術を死霊術師に教え、魔族の遺体を集めるように指示した者が見つかりました。それが……この男です」
先代魔王がスーツの懐から折りたたまれた紙を取り出し、さっと開いて全員から見える場所に置いた。
目の部分だけ穴が開いている白い仮面。
白い手袋。白い羽根飾りが付いた派手な色の帽子。
レースの装飾がたっぷり施された、ゆったりとしたサイズの上着。
広げられた紙には写実的なタッチで、ヴェネツィアのカーニバルが似合いそうな人物が描かれていた。
……写真のようにリアルなのに目の部分だけ真っ黒で、仮面の奥にあるはずの瞳が見えてないのが怖いな。
「白い仮面の男、ね」
「マーガレット様は何かご存じでしょうか?」
「どこかで見た気がするけど……。この紙をもらっても良いかしら?」
「もちろんです」
「では、私の部下にも調べさせましょう。詳しいことがわかったら、そちらにも情報を送ります」
「ありがとうございます。こちらでも、引き続き調査を進めます」
つまり、日食を引き起こす魔法とか強力なゾンビを産み出す魔法を、死霊術師に教えた黒幕がいるってことだろう。たぶん。
紙に描かれた白い仮面を見てるだけで、なんだか嫌な予感がする。
これは、真面目に対策を考えておいた方が良いのかな?
……死霊術師の黒幕への対策って何だ?




