2 先代魔王の訪問(前編)
屋敷の横の森で白の女神と会った日の翌日。
白の女神に教えてもらった木の苗を作ってみた。
植物の種や苗を作る時に大事なのは、何年も経って大きくなった姿を具体的にイメージしておくことらしい。
女神から聞いた話を自分なりに解釈すると、片方は大きな桃の木で、もう片方は太くて立派な杉の木かな?
自分なりにイメージを固めて、二本の苗木を作ってみた。
高さ十センチほどの苗木が完成したところで、エミリーさん経由で屋敷の庭を管理している人にお願いして、土の入った植木鉢を用意してもらう。
二つの植木鉢にそれぞれ苗木を植えて……。とりあえず、工作室の窓際においておけば良いかな? 大きくなったらどこかに植え替えよう。
昼ご飯にはちょっと早い時間。
特にすることもないので窓の外を眺めながらルビィの背中を撫でていたら、ノックの音がしてエミリーさんが部屋に入ってきた。
「ソウタ様。バラギアン王国の先代魔王陛下から先触れが届きました。ソウタ様とマーガレット様に面会を申し込む、とのことです」
「先触れって貴族の屋敷を訪問する時に、事前に人を送ってスケジュールを調整することだよね? 僕はただの一般人なんだけど……」
「基本はそうですが国と取引しているような大きな商会を訪れる時も、必要と思えば先触れを出すことがあります。それだけ、ソウタ様のことを高く評価しているのではないでしょうか?」
「なるほどぉ……。ん〜……。僕はいつでも大丈夫だから、マーガレットに話を聞いてスケジュールを決めてもらえる? あと、アラベスも居た方が良いと思うから話を聞いてみて」
「了解しました。決まり次第、日程をお知らせします」
☆
先触れが届いてから二日後。午後のお茶の時間。
着ているだけで肩が凝りそうな服を着て喫茶室で待っていると、エミリーさんに案内されてバラギアン王国の先代魔王が入ってきた。
「やぁ、ソウタ君! お久しぶり〜」
「お久しぶりです。エメリックさん」
屋敷の主として、最初に挨拶をして握手をする。
続けて入ってきたスーツ姿の男女は、先代魔王のお付きの人かな? それとも護衛だろうか? 男の方が革製のかっこいい鞄を持ってるのが気になる。
ちなみに、先代魔王の一行は先触れを出した時点でゲートを通ってイムルシアの首都に到着していたので、これだけ早い日程になったらしい。
「マーガレット様もお久しぶりです。先日の死霊術師の件について、調査が終わったのでご報告に上がりました」
「そんなこともあったわねぇ。いろいろあってすっかり忘れてたわ」
「アラベスも元気そうだね。……少し大きくなったかい?」
「身長も体重も、前に会った時から変わってませんよ。そんなことより、さっきから気になっていたのですが……。お父様の後ろに居る女性は、お祖母様ではないですか?」
「おやおや、よく気が付いたねぇ。アラベスとは何年も会ってないし、いつもと雰囲気が違うからバレないと思ったのに」
「……アラベスのお祖母さん?」
思わず口から漏れた声が届いちゃったかな?
先代魔王の後ろに立っていた女性が、優雅な足取りで僕の前へと来た。
「はじめまして、ソウタさん。私の名前はフォルティナと申します。一度、あなたに会いたいと思っていました」
綺麗な紫色の髪。聖母のような穏やかな笑み。
大企業の女性秘書が着ているようなスーツが不思議と似合ってる。
……どう見ても二十代後半から三十代前半ぐらいにしか見えないけど、アラベスのお祖母さん?
「はじめまして、フォルティナさん。……アラベスのお姉さんじゃなくて?」
「クスッ。ありがとうございます。でも、本当にエメリックさんの母で、アラベスちゃんの祖母なんですよ」
「前にソウタ君に、優秀な占星術師の話をしただろう? その占星術師というのが私の母でね。僕がソウタ君に会いに行くって占いで出たみたいで、どうしても一緒に行きたいって言われて……。あとでいいから、母の話を聞いてもらえないかな?」
部屋に入ってきて軽く挨拶しただけなのに、エメリックさんはなんだか疲れたような表情を浮かべている。
ここに来るまでの間にも、いろいろあったんだろうか?
「もちろん、それぐらいかまいませんが……。でも、エメリックさんのお母さんがどうして僕に——」
「ねぇ、ソウタ君。立ったまま話をするのも何だし、まずは席に着いてもらうのが良いんじゃないかしら?」
「あっ、そうですね。どうぞ、皆さん座って下さい」
本当なら屋敷の主である僕がお客さんに席を勧めるべきだけど、アラベスのお祖母さんの話ですっかり段取りが飛んじゃってた。
マーガレットがフォローしてくれて助かった。