閑話休題 女神と女神
「ただいま帰りました……」
「にゃああぁぁ〜」
「おかえりなさい、秋さん」
いつものように仕事を終えて、いつものように家に帰り、いつものようにドアを開けて、留守番をしているシロに声を掛けました。
「……えっ? この声は——」
「お仕事、おつかれさま。勝手に上がらせてもらってるわよ」
さっぱりとした白いブラウス。
丈夫そうな布でできたスリムなズボン。
女神らしくない服装に身を包んでいますが、シロを抱っこしたまま玄関へと迎えに来てくれたのは間違いなくお母様です。
「お母様! いつお戻りになったのですか?」
「こっちに着いたのは半日ほど前かしら? 何か変わったことがないか、まずは春さんのところをざっと見て、それから、この子と一緒にあなたが帰ってくるのを待ってたのよ」
「どうして私の家に……?」
「神殿に帰ると騒ぎになるでしょう? 今回はお忍びだから、ここに泊まらせてもらいますよ。……それにしても、なかなか良い家を建てたじゃない。しばらく会わなかった間に、粘土の扱いがうまくなったみたいね」
「ありがとうございます。でもこの家は、ほとんどの部分が創多さんの記憶から復元させてもらった物ですから。私の腕はまだまだです」
「わざわざ緊急の回線を使って私を呼んだのは、その、創多さんに関して聞きたいことがあるからでしょう? お茶を入れるから、あっちの部屋でゆっくり話をしましょう。あなたは手を洗ってきなさい」
「わかりました」
……お母様はお茶が入ってる棚を知っているのかしら?
シロから教えてもらったのでしょうか?
☆
「お茶請けにお煎餅をどうぞ」
「ありがとうございます。……このお煎餅はお母様が?」
「たまたま、春さんの大陸で売ってるのを見かけて、美味しそうだったから買っておいたのよ。お米の作り方を広めた異世界人が、このお煎餅も同じように広めたんですって」
中央にちゃぶ台を置いてある畳の部屋。
優雅な手つきでお母様が、急須からお茶を注いでくれました。
……お母様はどこで、お茶の入れ方を覚えたのかしら?
私は創多さんの知識から学ばせてもらったけど——
「あなたは、創多さんの魂が器からあふれるのを心配してたのよね?」
「ずっと心配していたのですが……。既にあふれてしまいました」
「あらあら、本当に? どうしましょう? 今からでもお祝いに行く? いきなり押しかけたら創多さんが困るかしら?」
「……人が持つ器から魂があふれた時、何が起きるのかお母様はご存じだったのですか?」
「もちろん知ってましたよ。この世界でそこまで魂を増やしたのは、彼が四人目でしょう」
「先に教えておいてもらえれば、ここまで心配しなくて済んだのですが……」
「クスッ。それじゃあ、面白くないでしょう? 知識も大事ですが、経験してみないとわからないこともあるのです」
「それはそうかもしれません。ですが、あんなことが起きるだなんて……」
創多さんのパートナーたちが英雄を助ける形で暴走精霊と戦い、無事に勝利を収めました。戦闘で経験を積んで進化を果たし、増加した魂の一部が創多さんへとフィードバックされます。
魂の増加が肉体に影響して、体調を崩した創多さん。
私は女神像に降臨して、こっそり彼を見守っていました。
トパーズさんやオニキスさんから続々と魂が送られてきて、人としての器を乗り越えた瞬間、器そのものが進化したのです。
何倍にも大きくなり、壁が丈夫になり、安定感を増した魂の器。
それは、私や妹たちが備えている器にも負けないほど、立派な器でした。
「人は誰でも、私たちと同じ領域まで進化する可能性を……。神へと至る可能性を秘めているのです。よく似た事象をあなたも知っているでしょう?」
「……眷族任命の秘術ですね。創多さんの器が進化するのを見て、ようやく秘術の本質を理解できました」
「本来なら誰もが自分の力で進化して、新たな力を得るべきなのです。今は人手不足で困ってるから、術を使って眷族を増やしているだけで」
眷族任命の秘術は地上に暮らす者の中から素質のある人を選び、眷族として召し上げる時に使う術です。
人が持つ魂の器を神にふさわしい物に変え、不足している魂を分け与え、眷族として働けるようにする。私たち四季の女神は全員が、お母様からこの術を教えてもらいました。
「創多さんは、自分の力で神になったのですね……」
「そういうことになります。この世界を離れていた私にはわかりませんが、おそらく様々な幸運が重なったのでしょう」
女神の土、生命創造の呪文、女神の加護。
お母様が指摘された幸運に、全て私が関わってるような気がするのは気のせいでしょうか?
……気のせいですね。気のせいではなかったとしても、大きな問題にはならないでしょう。
むしろ、神が増えたことを喜ぶべきではないでしょうか?
今でも創多さんは普通の人間に見えますが、彼の造ったパートナーは、トパーズさんもオニキスさんもリンドウさんも、神の使徒と呼ばれてもおかしくない力を秘めています。
最初から神の使徒だったルビィさんは、言うまでもないですね。
自覚はないようですが、創多さんがその気になれば——
「別にあなたに限った話じゃないわ。冬さんでも春さんでも夏さんでも、私としては誰でも良かったのよ。それが、こんなことになるなんて……」
「何の話をしているのですか? お母様」
「創多さんのパートナーたちは、まだ進化する余地を残しているのでしょう?」
「それは……。そうですね。これから先も進化すると思います」
「やはり、この世界を継ぐのは彼になりそうね。これはこれで面白そうだし、結果的に良かったのかしら?」
「……お母様、本気ですか?」
「パートナーが進化して魂が増える。これを繰り返していけば、いつかは神の器さえも超える日が来るでしょう。そうなった時、創多さんは世界を託すにふさわしい人物になっているはずです」
「まさかそんなことが……。本当に……?」
「あくまでも可能性の話ですよ。本当にそうなるのかは……。まずは私が創多さんに直接会って、話を聞いてみましょうか」
「みゃあぁ〜」
冷めたお茶をゆっくり口に含むお母様。
お母様の太ももで丸くなっていたシロが、可愛く鳴きました。
……シロも創多さんに会いたいのかしら?




