7 女神の剣(後編)
「城に戻ってくる前にヒイラギさんと剣の練習をしていて、このままだと屋敷が危ないからってソウタ君に止められたのよ。あれはつまり、彼の右腕に填まっている魔法が得意なゴーレム……」
「リンドウさんですね」
「そうそう。その、リンドウさんが張った防御結界を、この剣なら突破するかもしれない……。少なくとも、その可能性があるってことだったんでしょう」
「悪魔族として、魔法にはそれなりに自信があったのですが……。粉々に打ち砕かれた気分です」
「気にしない方が良いわよ。そんなことを言ったら私だって、伝説の英雄なんて呼ばれてるのに、ソウタ君に助けられてばかりなんだから」
「マルーン様。この魔法はどうでしょうか? ……ダークネス」
ユーニスが呪文を唱えるのと同時に、部屋の一角が暗くなりました。
光を打ち消し、闇に包まれた空間を作る魔法。
この空間を元に戻すには対抗魔法である“ライト”を使うか、効果が切れるのを待つか、解呪に成功する必要があります。
「興味深いわね。空間に影響を及ぼす魔法を斬れるのか……。あらっ?」
お嬢様が軽く剣を振っただけで、暗かった空間が何もなかったかのように元の明るさに戻りました。
「これはもう、笑うしかないですね。ソウタ君ったら、とんでもない剣を作ってくれちゃって……」
困っているような喜んでいるような、何とも言えない表情を浮かべているユーニスとお嬢様。
滑らかな動きで剣を鞘に戻すお嬢様を見ていると、何故か急に、見たことがない映像が脳裏に蘇りました。
闇に覆われた空。見上げるほど高い壁。
古の巨人族でも楽に通れそうなほど巨大な門。
壁の上には攻撃用の魔術具がいくつも並び、全身鎧の兵士たちが照準をこちらに向けています。
……この光景は何でしょう? 超巨大な城塞都市?
白銀の鎧に身を包んだ千を超える兵士が、門を出た場所で街を守るように並んでいます。
一人、兵士たちの前に立っている男は部隊を代表する人物でしょうか?
体型や顔の様子からして、普通の人間のようですが。
男と向かい合う位置に、一人の女性が立っています。
立派な角。血のように濃い赤色の髪。
雪のように白い肌と、黒くて大きな翼。
背中が大きく開いた朱色のロングドレス。
初めて見る人物ですが、祖父から受け継いだ古い記憶が、その正体を教えてくれました。
遙か昔、悪魔族の女王と呼ばれていた人物です。
「もう諦めなさい。このまま続けても、貴方達が望む未来が訪れないことは理解しているでしょう?」
「……まだ希望は残っている。この手に女神の剣が有る限り、どんな相手にも負けないのだから!」
「愚かな……。希望と絶望の違いもわからない者に、女神が微笑むことはないのですよ」
真剣な表情の男が、腰に下げていたロングソードを抜く。
輝く刃が軌跡を描き、空を覆っていた雲が二つに割れる。
寂しそうに女王が微笑んだ瞬間、映像が途切れました。
☆
「パーカー……。パーカー! 急にどうしたの?」
張り詰めた声。心配そうな表情で私を見ているお嬢様。
過去の記憶に浸ったのは瞬きするほど短い時間だったはずですが、様子がおかしくなったことに気付かれたようです。
……お仕えすべき主に心配かけてしまうとは、私もまだまだですね。
「申し訳ありません。ソウタ殿の作った剣を目にしたことで、種族に伝わる古い記憶が蘇ったようです」
「……古い記憶? よかったら、教えてもらえるかしら」
「どれぐらい昔の話かわかりませんが、ソウタ殿の作った剣と同じような剣が過去にも存在したようです。その剣は“女神の剣”と呼ばれていた、と」
「女神の剣の話なら、私も聞いたことがあります。人間族の希望となり、同時に悪夢の始まりともなった最強の剣。西の大陸と一緒に、海の底に沈んだと言われていますが」
「ソウタ君ったら、とんでもない剣を簡単に作っちゃうんだから……。でも、これだけなら大きな問題にはならないでしょう」
「そうですね。このまま秘密にしておけば……。問題ないでしょう」
「私もそう思います」
昨日、巨大なサラマンダーと戦っている間、お嬢様は剣に魔力を乗せて攻撃していました。
その様子を、城で働いている者の多くが遠視の魔術具経由で見ましたが、私でも普通の剣ではないことに気付かなかったのです。
気付いた人間がいるとは思えません。
無駄に情報が広まることもないでしょう。
「ユーニス。あなたをこの場に呼んだ理由がわかったかしら?」
「はい。取り扱いに困るような武器や防具を、ソウタ君が量産しないように気を付ければよいのですね」
「彼の性格からして、私に剣を作ったのだから、あなたやアラベス、マイヤーにも同じように武器を渡そうとするでしょう。それを断るのは、先々のことを考えるとあまり良い手だと思えません」
「では、私たちの分は品質を抑えるように話を運びますね。トップクラスの冒険者なら持っていてもおかしくない程度でどうでしょうか?」
「それなら問題ないでしょう。……ソウタ君のやることは予測が難しいから、少しぐらい範囲をはみ出るのは覚悟しておくわ」
どれほど常識外れの力を持った剣でも、持っているのがお嬢様だけなら大きな問題にはならないでしょう。
……お嬢様自身が、常識から外れた存在なのですから。