5 英雄の秘密
「ソウタ殿にご迷惑をおかけして申し訳ないのですが、お嬢様を城に残して帰ってもらえないでしょうか?」
「えっと……。それは、どういう意味でしょう?」
巨大なサラマンダーと戦った日の翌日。
美味しい朝ご飯を食べ終えて、あとは帰る時間まで何をしようかと考えていたところに、パーカーさんがやってきた。
「一般には知られていないことですが、古い巨人族の力を使ったお嬢様は、反動でしばらくの間、大きな力が使えなくなるのです」
「それって、大変なことでは……?」
「普通に生活する分には問題ありません。ですがお嬢様の場合、どこでどのような事件に巻き込まれるかわかりませんから、念のために、完全に回復するまで城に居て欲しいのです」
「そういうことですか……。でも、どうしてそれを僕に?」
「ソウタ殿に了解していただければ城に残ると。お嬢様がそう、我が侭をおっしゃるので……」
……マルーンは僕のことを気にしてくれてるのかな?
でもこの場合、自分のことを気にした方が良いと思う。
「それなら……。僕の方は大丈夫ですから、完全に回復するまで城でゆっくりするよう、マルーンに伝えてください」
「ありがとうございます。本当に助かります」
……よっぽど心配してたのかな?
表情を緩めたパーカーさんが、深々と頭を下げた。
「実はもう一つ、ソウタ殿にお願いしたいことがありまして……。お嬢様と一緒にユーニスを城に残してもらえないでしょうか? 冒険者ギルドに関する書類仕事がたまっているので、手伝いをさせたいのです」
「わかりました。それではしばらくの間、ユーニスにはマルーンの仕事を手伝ってもらうと言うことで」
マルーンとユーニスは仲が良いし、ユーニスは書類仕事が得意そうなイメージがあるし、手伝わせるには適任なんだろう。
……そもそも、マルーンが僕の屋敷に住むって言いだしたから、城での仕事がたまってるのでは?
そう考えると、僕が仕事を手伝うべきなのかもしれないけど、冒険者ギルドに関する書類仕事なんて自分にできるとは思えないし、代わりにユーニスにがんばってもらおう。
「ありがとうございます。過去の経験から言って、お嬢様の力は二週間から三週間ほどで回復すると思います。それまでの間、ご迷惑をおかけすることになりますが、よろしくお願いします」
「屋敷に帰ったら、僕もしばらくのんびりするつもりですから。何かあったらいつでも連絡してください」
☆
ソウタ殿への相談を終えた私は、そのまま、お嬢様の部屋へと向かいました。
「失礼します」
「どうだった? パーカー」
「問題なく了承を得ることができました。お嬢様はユーニスと一緒に、城で静養してください」
「そう……。しばらく会えないのは寂しいけど、これでよかったのよね」
残念そうな表情になっていますが、お嬢様は大きなサンドイッチを手にしたままです。
「完全に回復するまで、三週間ほどかかるとお伝えしておきました。その間、ソウタ殿ものんびりする予定だそうです」
「ソウタ君の場合、本人がのんびりするつもりでも、いつ、どんな事件に巻き込まれるかわからないから……。マイヤーに連絡を密にするように伝えて」
「了解しました」
テーブルの左側に積んである大量の書類。
右側にはサンドイッチが山盛りになった皿や、果物が盛り付けられた皿がいくつも並んでいます。
話をしている間にもさりげなく、お嬢様はサンドイッチを頬張っていました。
長く城で勤めている人間なら知っていることですが、大きな力を使ったお嬢様は回復するために多くの食べ物を必要とします。
簡単に言うと、食事の量が普段の倍ほどになるのです。
お嬢様にとって、力を出せないのは大きな問題ではありませんが、食欲旺盛な姿を見られるのは気になるポイントだったようです。
「ソウタ君に食費の心配をかける訳には行かないから」
などとみえみえの言い訳を口にしながら、冬の城に残っても良いかソウタ殿に聞いてくるよう、私に命令しました。
「予定していたとおり、ソウタ殿はお昼前に屋敷へと帰るそうですが、見送りされますか?」
「もちろんよ。会えない時間の分、ソウタ君を味わっておかないと……。でもその前に、料理の追加をお願い」
「了解しました」
いつの間にか、サンドイッチが残り少なくなっています。ワインの瓶も全て空になったようですね。これは急いで厨房に連絡しないと……。
「それと、昼から実験したいことがあるから、最も防御力の高い盾を倉庫で探しておいて」
「……防御力の高い盾、ですね。探しておきます」
お嬢様がいきなり妙なことを言い出すのは珍しくありませんが、どんな理由があって急に盾を必要とするのでしょう?
盾を使った実験?
おそらくこれも、ソウタ殿と何らかの関係があるのでしょうが……。