5 村長との会話
このあと、鉄爪熊は処理用の施設で解体されるらしい。
猟師達が巨体を運び出したところで、広場での騒ぎはお開きになった。
「ソウタさん。お父様が——いえ、この村の村長が、あなたと話がしたいと言ってまして。今日は朝から体調も良いようですし、よければこのまま、一緒に来てもらえないでしょうか?」
「あっ、はい。わかりました」
次はどこに行くか、マルコと話をしていたところで、村長代行のキアラから声をかけられた。
しれっと元のサイズに戻っていたルビィが、抱っこしろと言わんばかりに胸に飛び込んでくる。
何も言わなくてもマルコも、僕と一緒に来てくれた。
キアラとマルコに続いて、二階の一番奥にある部屋へと入る。
そこは、僕が泊めてもらった部屋と同じような作りだった。
白い漆喰の塗られた壁。板ガラスのハマっている窓。
歴史を感じさせる家具。大きくて頑丈そうなベッド。
ベッドの上で、白髪の男性が身体を起こしている。
「ソウタさん、ですな? 挨拶が遅くなって申し訳ない。この村の村長を務めている、アンドレアです」
「はじめまして、創多です」
差し出された手を握り、遠慮がちに握手する。
短く切りそろえられた髪。綺麗に日焼けした肌。鋭い眼光。
数年前から病気で寝込んでいるという話だったが、目の前の男性は、ゆったりとした服の上からでもわかるほど、がっしりした体付きをしていた。
こっちの世界の人の年齢はよくわからないけど……六十歳ぐらいかな?
マルコのお祖父さんって考えると、もう少し上かも。
「話は娘から聞きました。孫のマルコを助けて下さったそうで……。ありがとうございます」
「いえいえ! 僕は見てただけで、何も——」
「そんなに謙遜なさらなくても。野獣使いとしての腕は、窓から見させてもらいましたよ」
話をしながら村長が、ゆっくり窓の方を向く。
ベッドの横にある窓から、屋敷の前にある広場が見えていた。
「いや、でも……。ルビィやトパーズがすごいだけでして……」
自然と声が小さくなってしまう。
そもそも、野獣使いが何をする職業なのか、自分でもわかってないんだけど……。
「それで……これからどこに行くのかも決まってないと聞いたんですが、本当ですかな? 何か理由があるのでしたら、聞かせてもらえれば……。村の者が力になれるかもしれませんし」
「カルロさんから聞いたんですが、寝ている間に妖精に化かされて、目が覚めた時には森に居たとか——」
「えっ? そうだったんですか⁉ 僕は聞いてないけど……」
キアラやマルコも話に入ってくる。
そう言えば……カルロに話をした時、マルコは居なかったっけ?
ちょうど良い機会だし、話を聞いてもらった方が良いかな……。
「それじゃあ……。全てお話ししますから、聞いてもらえますか? 信じられないような話かもしれませんが……」
自分が住んでいたのは、こことは違う世界。魔法がなくて、人間しかいなくて、電気やガソリンの力でいろんな物が動いている世界だった。
そこで、いつも通りに仕事をして部屋に帰って寝てたところで、夢に美しい女性と白猫が現れた。
女性の説明では、他の世界から魔法で召喚されて、そのまま応じるか元の世界に戻るか、選べる状態だったらしい。
夢の中で僕は、異世界に行く方を選んで……目が覚めた時には、白猫と一緒に森の奥に居た。
「つまり……。ソウタさんは異世界人ってことですか?」
「うん。たぶん、そうだと思うけど——」
「すごい……すごいです! まさか、異世界人と会える日が来るなんて!」
思い切って話をしたつもりなんだけど、みんな、そんなに驚いてない?
マルコは一人だけ、妙に眼をキラキラさせているけど、残りの二人は深刻そうな表情で考え込んでいる。
「ソウタさんはご存じないでしょうけど……。この国では、異世界人は有名な存在なんです」
「ええっ⁉ そうなんですか……?」
「はい。異世界からやってきた勇者が魔王を倒した伝説や、国を興して偉大な王になった話など。おとぎ話になってるぐらいでして……」
疑問に思ってた点を、横に座っているキアラが説明してくれた。
なるほど。僕が最初の異世界人とは限らないし、そういうこともあるか。
でも、おとぎ話になるレベルって……。前の世界で言うと、実在の人物が学問の神様になるような話? ちょっと違うかな?
「どうぞ、これを見て下さい」
急に立ち上がったマルコが、奥の棚から一冊の本を出してくる。
固い紙が表紙になっている正方形の本は、絵本のように見えた。
「これは……。『竜のともだちになった異世界人』って書いてある?」
「そうです‼ 小さい頃から大好きな絵本で……。ずっと、異世界の人に憧れてたんです! 感動だなぁ……」
どうやら、絵本であっていたようだ。
タイトルは知らない文字で書かれていたが、何故か問題なく読めた。
「他にも、美味しい料理を広めた人や、変わった建物を建てた人とか。いろんな異世界人の話が残ってるんですよ」
「そうなんですか……。それなら、僕が異世界人ってことは、あまり気にしなくて良いのかな……」
話を聞きながら絵本をパラパラめくってみると、ずっと孤独だった炎竜が異世界人と知り合い、仲良く二人で暮らすようになるまでの話が、シンプルなイラストと短い文章で綴ってあった。
「話を聞いていて気になったのですが……。魔法で召喚されたという話は本当ですかな?」
「はい。たぶん、本当だと思います。夢の中でそう言われましたから」
意識しないままに僕は、左の手首に視線をやっていた。
赤い糸はもう、どこにも見当たらなかったけど。
「ふ〜む……。異世界人の話はいくつも残ってますが、その大半が、元の世界で何らかの事故に遭って転生してきたという話だったはず」
「教会においてある異世界人の本は、僕も全部読んだけど……。魔法で召喚されたって話は無かったかな」
ベッドの上の村長と横に座っているマルコが、同じように腕を組んで考え込んでいる。二人の表情は、血のつながりが実感出来るほどよく似ていた。
「私の友人に、魔法に詳しい人が居ますが……。気になるのでしたら問い合わせてみましょうか? ソウタさんに繋がる話が聞けるかもしれませんし」
「それって、何年か前にうちに来た……エルフのお姉さん?」
「ええ、そうよ。よく覚えてたわね」
「それは、だって……。すごく綺麗だったし……」
エルフ! そうじゃないかと思ってたけど、やっぱりこの世界にもエルフが居るのか! それも、綺麗なお姉さんで確定らしい。
姿を想像しただけで、何故か胸がドキドキしてしまう。
ちょっと、ルビィさん? 尻尾でアゴをくすぐるのはやめてもらえますか?
まさか、嫉妬してる訳じゃ無いだろうけど……。
「それじゃあ……。申し訳ありませんが、その人に話を聞いてもらって良いですか? どんな理由があって召喚されたのか、僕も知りたいですし」
「はい、わかりました。まずは連絡を取ってみますね」
「念のため、ソウタさんが異世界人だということは、ここに居る者だけの秘密にしておいた方が良いだろうな。異世界人と聞いただけで、妙な考えを持つ者がおるやもしれんし」
「でも、そうすると……。ソウタさんはすごい野獣使いなのに、妖精に化かされて森で迷ってたことにならない?」
「僕は気にしないから、それで良いよ」
純粋な少年のキラキラした視線が頬に刺さる。
さっきからずっとマルコの中で、僕の株が果てしなく高くなってるような気がするけど……気のせいだよね?