3 豊穣の女神
……次のお客様?
一瞬、マイヤーが冗談を言ってるのかと思ったけど、本当の話だった。
白くて大きな翼。頭上に輝く光輪。
丁寧にセットされた白い髪。綺麗に整えられた白い髭。
人間で言うと、年の頃は四十代後半ぐらいか? もう少し上かな?
街で見かけたら思わず振り返ってしまいそうなほどかっこいい男性の天使が、マイヤーの後ろにふわりと浮いていた。
……天使ってイケメンと美女しか居ないのかな?
「ソウタ殿と伝説の英雄……ですよね? はじめまして。私は豊穣の女神にお仕えしている天使族の一人です」
「はじめまして、ソウタです」
「はじめまして。私のことはマルーンとお呼びください」
天使を見て一瞬で変身したのかな?
いつの間にか、マーガレットはマルーンの姿に変わっていた。
「ソウタ殿とマルーン殿。この地に起きていた大きな問題を解決していただいたお二人に、女神が礼を言いたいとのことで私が遣わされました」
「そういうことですか」
……前にも同じような話があったなぁ。
あの時は魔法の女神に呼び出されて、転送魔法で浮島に行って……。
あれ? あの、赤い髪のお姉さんは何て名前だったっけ? 仕事ができるOLっぽい雰囲気だったのは覚えてるんだけど。
「それでは、上司をお呼びしても宜しいでしょうか?」
「かまいません。……ソウタ君も良いでしょう?」
「あっ、はい。わかりました」
何が起きるのかわからないけど、マルーンが大丈夫なら大丈夫だろう。
壮年の天使が小さく頷き、すっと右手を挙げた。
何もない青空がキラリと光り、そこから強烈なスポットライトのような光が地上へと降り注ぐ。
「お久しぶりです。創多さん、マルーンさん」
小さくて可愛い角。全体的にグラマーな体型。
オクトーバーフェストで見るような、民族衣装っぽい服装。
光が消えたときにはもう、豊穣の女神が目の前に立っていた。
……間違いない。前にマルーンを浮島に連れて行ったとき、春の女神から紹介された眷族の女神の一人だ。確か名前は——
「テアドラ様。再びお目にかかれて光栄です」
「どうぞ、気楽にテアドラと呼んで下さい」
「いえいえ。そういう訳には」
二人の会話を聞いて思い出した。
豊穣の女神、テアドラさんだ。
……マルーンも背が高いけど、テアドラさんも同じぐらい背が高い。
なんだか、一人だけ子どもになった気分だ。
「ありがとうございます。暴走していた精霊が元の世界に帰り、精霊に捕らわれていた幾多の魂が解放されました。この森も、やがて元の姿を取り戻すことでしょう。ですが、その前に……」
「……何か気になることでもあるのでしょうか?」
「激しい争いの余波で、この辺りの魔力が異常に濃くなっているようです。このままにしておくと、強力な魔獣が集まってきたり、普段より凶暴化する恐れがあるので……。私が整えても良いでしょうか?」
「もちろんかまいません。ソウタ君も良いわよね?」
「あっ、はい。お任せします」
にっこり微笑むテアドラさんとマルーン。
二人とも優しそうな表情だけど、そろって見下ろされるとどきどきするな。
「それでは、失礼して……」
僕たちの居る場所から少し離れたところに移動して、テアドラさんは青空に向けて両手を掲げた。
太陽の光を全身に浴びている? 天空に祈りを捧げている?
女神のポーズから何をしているのか想像していたら、うっすらと明るい歌声が聞こえてきた。
……魔力を集める効果がある歌なのかな?
魔法を使うときに人間が呪文を唱えるように、女神は歌を歌うのかも。
「あれっ? 今、何かが……」
「みゃあぁぁ〜」
豊穣の女神に見惚れていると、視界の端で何かが動いた。
よく見ると、転がっていた大岩が崩れて土になっている。
「これは……。これが女神の力?」
「すごいわね……。こんなことができるなんて……」
サラマンダーの炎で溶かされて、降り注いだ雨で冷まされて、黒く焼け焦げた地面になっていた場所が、すーっと茶色い土に変化する。
いくつもの芽が出て花が咲き、目に見える範囲が草原と化す。
いつの間にか、燃えていた木からは火が消えて、一直線に木が無くなっていた場所に新しい木が生えていた。
……さっきまで巨大なサラマンダーと戦っていたのが嘘みたいだ。
大地を癒やす力。森を生み出す力。
女神様には勝てないと、素直に思えた。