2 大精霊
いろいろあって気が散ってたのかな?
どうやらマーガレットも、見知らぬ人物が近くに来ていることに気が付いてなかったようだ。
声が聞こえた方へとマーガレットが慌てて振り向き、ワンテンポ遅れて僕も同じ方向に視線をやった。
背中の翼を仕舞って優秀なメイドらしく応対しているマイヤーと、その後ろに立っている見覚えのない二人の女性。
白い布を身体に巻き付けたような服装は、どこかで見た覚えがある。
まるで双子のように似ているけど、一人は長い髪が鮮やかな赤から黄色へと滑らかに変化していて、もう一人は深みのある濃い青色から綺麗な水色へと髪の色がグラデーションを描いているのが印象的だった。
「こちらの世界に縛られていた精霊を」「解放したのは貴方達ですね?」
赤黄色の髪の女性が最初にしゃべり、青水色の髪の女性が途中から引き取って言葉を続ける。
声を発している間も二人の表情が変わらないのも相まって、なんだか人形劇でも見てるみたいだ。
「暴れていた精霊を倒したのは、私とソウタ君で間違いありませんが……。どのようなご用件でしょうか?」
「私は炎の大精霊」「私は氷の大精霊」
どうやら赤黄色の髪の女性が炎の大精霊で、青水色の髪の女性が氷の大精霊らしい。
……大精霊って何だろう?
「貴方達に感謝を」
炎の大精霊と名乗った女性が一歩前に出て、そう言った。
「大精霊様に感謝されるようなことは、何もしてないと思うのだけど……」
抱きしめられていた腕からさりげなく抜け出して、マーガレットの横に並んで大精霊を観察する。
……表情が変わらないだけじゃなくて、瞬きすらしてない?
見た目は人間っぽいけど、全然違う存在なんだな。たぶん。
「あの子は人の魂に捕らわれて、女神に定められた範囲を超えて、こちらの世界へと影響を及ぼしていた。私が手を出すとさらに影響が大きくなるため、見ていることしかできなかった」
「そうだったんですね……」
「そして、貴方には忠告を」
氷の大精霊と名乗った女性が、すっと僕に近づいてきた。
「……えっ? 僕ですか⁉」
対応は全てマーガレットに任せておけば大丈夫だと思ってたんだけど、そうはいかないようだ。
「炎の精霊をも凍らせる力。あれは、人が扱うには過ぎた力だ。今後は決して使わないように——」
「みゃあ、みゃあっ! んなぁぁ〜〜」
「うわっ! ちょっと、ルビィ!」
驚かせようと思って、気配を消して近づいてきたのかな?
いつもの白猫姿に戻ったルビィが、いきなり腕に飛び込んできた。
なんだか甘えたい気分になってるようで、ゴロゴロと喉を鳴らしながら強めに頬ずりしてくる。
「みゃあぁ〜。みゃあ、みゃあ〜」
「うんうん、わかったから。でも、話をしている途中だから、ちょっと待ってもらえる?」
僕の方からも頬ずりを返し、頭を優しく撫でてやって、ルビィも少し落ち着いたようだ。
「なるほど」「なるほど」
「そういうことか」「そういうことか」
「すみません。話が途中になって……」
大精霊に視線を戻すと、二人そろって小声で何かつぶやいていた。
……微妙に瞳孔が開いてる? びっくりしたのかな? 精霊でもルビィにびっくりさせられるのか。
あれっ? もしかして、この反応は……。
「あっ、あのっ! 念のために言っておきますけど、ルビィは女神の使徒じゃないですよ? 見た目はそっくりかもしれませんが、僕が造った相棒で、僕も普通の人間ですから」
「みゃあ〜!」
僕の言葉を肯定してくれたのかな?
頬ずりを止めて、二人の大精霊に向けてルビィが可愛く鳴いた。
「なるほど」「なるほど」
「そういうことか」「そういうことか」
……何故だろう。余計に誤解が深まった気がする。
「貴方達に会えたことに、最大級の感謝を」
「先ほどの忠告は撤回する。貴方は貴方の思うがままに、どのような力でも自由に使うが良い」
タイミングもぴったりに、二人の大精霊がゆっくりお辞儀をした。
そのまま、すーっと姿が薄れていく。
聞こえなくなっていた風の音が戻ってきて、僕は人ならざる者との会話が終わったのを悟った。
「……大精霊って何ですか?」
「精霊を統べる存在。私の知識にあるのは森の大精霊だけだったけど、まさかこんなところで炎の大精霊と氷の大精霊に会うなんて……。ソウタ君と居ると、驚かされるようなことばかりね」
「それって、僕が原因なんですか?」
「他には考えられないでしょう?」
「ピーゥ! ピーゥピーゥ」
「やー!」
少し離れた場所から、トパーズやオニキスの声が聞こえてきた。
大精霊との話が終わるのを待っててくれたのかな?
トパーズは大鷲サイズに戻っているし、オニキスも、その横に居るダッシュも人間サイズに戻っている。
短い会話でどっと疲れた気がするし、そろそろ城に帰ろうか——
「マーガレット様、ソウタ様。次のお客様がお待ちです」
「えっ?」
「……えっ?」