1 魔力注入
「終わった……。かな?」
見上げていた青空から視線を下ろし、周囲の様子を確認する。
うっすらと煙が立ち上る大地。
ところどころ、火の手が上がっている森。
ずっと奥の方まで一直線に木がなくなっているのは、マルーンの最後の攻撃が通ったところだろう。
『炎の精霊は完全に消滅しました』
「周囲にあやしい気配は感じられません」
リンドウとマイヤーが僕の言葉を肯定してくれた。
こっちに向けて手を振っているオニキスとダッシュも、なんだか表情が緩んでるように見える。
どうやら本当に終わったようだ。
「それじゃあ、マルーンのところに行こうか。今日はもう、帰ってのんびりしたい気分だし」
「了解しました」
巨大な魔水晶を手早く元のサイズに戻し、ポーチにしまう。
ヒイラギにもナイフの姿に戻ってもらって、僕とマイヤーはマルーンたちの元へと向かった。
大地に膝をつき剣の柄に手を四本載せて、マルーンは身体を休めている。
ところどころ服が焦げてるけど、見たところ大きな怪我はなさそうだ。
僕の作った剣が巨人向けのサイズになって、十本に増えて、地面に刺さってたりその辺に転がってたりするのが面白い。
……これって、巨人族が使える技なのかな? 魔法の一種?
遠くから見た時はマルーンを大きく感じたけど、近くに来ると、なんだか僕の方が小さくなった気がしてくる。
巨人サイズのマルーンは身長が三十メートルぐらい?
頭だけで僕の身長より大きくて……。比率で言ったら人形サイズのオニキスと僕を比べた時より、僕と今のマルーンを比べた時の方が差が大きそうだ。
地面に降りたら声が届きそうにないし、ふわふわと浮いたまま声をかけた。
「大丈夫ですか? マルーン。どこか怪我をしたんじゃ……」
「ソウタ君。悪いけど、もう少し待っててもらえる? 一気に力を使いすぎただけで、休んでいれば回復するはずだから」
……何か僕に出来ることはないかな? リンドウ。
『マルーンさんが動けないのは、先ほどの技で大量の魔力を一気に消費したのが原因でしょう。魔力を融通することで、体調が回復すると思われます』
……それって、どうやれば良いの?
『マスターが直接、マルーンさんの肌に触れてください』
肌に触れる……。このまま近づいて、頬にさわれば良いかな?
……いや、これは蚊が血を吸うときみたいだから却下で。
素直にマルーンに話をして、協力してもらおう。
「魔力の使いすぎで動けなくなってるんだよね? 僕から魔力を融通しようと思うんだけど、良いかな?」
「えっ? そっ、それは嬉しいけど……。ソウタ君は良いの? そんなことまでしてもらうなんて……」
「魔力はたっぷりあるんで、気にしないでください」
巨大な魔水晶を元に戻したとき、下の方に魔力が残っていた。
そこから考えると……。今、リンドウは魔力が満タンなのでは?
『マスターが推察したとおりです』
……何故だろう? なんだかリンドウの声が嬉しそうだ。
細かい疑問は置いておくとして、マルーンが動けるようになるまで回復させるぐらい問題ないだろう。
「それじゃあ、手を出してもらえますか? どれでも良いですから」
「……これで良いかしら?」
剣の柄に乗せていた左側の一番上の手を、手の平を上に向けてマルーンが差し出す。
「それでは、失礼して……」
……女性の手に、靴を履いたまま上がっても良いんだろうか?
どうするのが正解なのか一瞬迷ったけど、そんなことを気にしてる場合でもないだろうし、そのまま開かれた手に乗った。
「魔力を回復させますね」
柔らかい手の平に正座して、太い柱のようにも見えるマルーンの指に両手で触れる。魔力を流し込む作業は冬の城でもやったし、あの時と同じようにやれば大丈夫だろう。
「ありがとう、ソウタ君……。あふぅっ……んっ! んんんっ……」
少し速いぐらいの体感速度で魔力を流し込む。
マルーンの顔を仰ぎ見ると、頬が赤く染まっていた。
「これぐらいの速度で大丈夫ですか?」
「ええ……。大丈夫、よ……。んふぅっ……」
……もう少し速度を落とした方が良いのかな? 苦しんでるようには見えないけど——
『早く動けるようになった方がマルーンさんも助かると思われます。現在のペースを保って、急いで終わらせましょう』
……それもそうだね。
「ありがとう、ソウタ君。もう大丈夫よ」
「それはよかったです。それじゃあ……。うわっ!」
それほど時間もかからず、マルーンの魔力は回復したようだ。
僕が手の平を降りるのより早く、彼女の身体がピカッと光り、気が付いたときにはもう、僕は地面に立たされていて、見慣れたマーガレットの姿になった伝説の英雄に抱きしめられていた。
「あっ、あのっ、マルーン? じゃなくて、マーガレット? こんなところでいきなり何を——」
「私一人では、あの精霊を倒せなかった……。あなたは私の英雄よ」
「いやっ、でも、その。がんばってくれたのはオニキスやダッシュたちで、僕は何も——」
柔らかい頬ずり。ほんのり甘い香り。
……伝説の英雄ともなると、あれだけ激しく戦っても汗をかいたりしないんだろうか?
いや、そんなことを考えてる場合じゃなくて。
こうなった時、いつもならユーニスとアラベスが止めてくれてたけど、ここに居るのはマイヤーだけだ。
この後、どうすれば——
「マーガレット様、ソウタ様。お二人にお客様がお越しです」
「えっ?」
「……えっ?」