11 暴走精霊(中編)
もそもそと地面を這っていたサラマンダーが動きを止めた。
獲物を見定めるような目で、マルーンをじっとにらみつける。
チロチロと出したり入れたりしている舌が可愛いけど……。あれも、すごい温度だったりするんだろう。たぶん。
堂々とした態度で歩き続けるマルーンとオニキス。
巨人サイズのオニキスを紹介したことはあったけど、一緒に戦うなんて考えたこともなかっただろうに……。いきなりで大丈夫かな?
『マルーンさんとオニキスさんなら大丈夫です』
ぼんやり考え事をしていたら、頭の中に直接声が聞こえてきた。
凜とした雰囲気の女性の声だ。
……あれっ? この声はリンドウじゃないよね?
『マスターに造っていただいたヒイラギです。マルーンさんとの訓練で経験を積んで進化して、会話できるようになりました』
そうなんだ……。それで、オニキスなら大丈夫っていうのは?
『私たちの訓練をオニキスさんも見ていましたから。マルーンさんの技や太刀筋について、オニキスさんも理解しています』
『既にマルーンさんもそのことを把握されたようです。コンビネーションにも問題ないでしょう』
ヒイラギの説明をリンドウが補足してくれた。
達人は達人を知る……って奴かな?
わざわざ説明しなくても、並んで歩いただけでわかるのか。
巨大な火の玉を吐き出すサラマンダー。
左手に持つ剣で火の玉を切り裂き、そのまま突進して右手の剣で切りつけるマルーン。
粉々に切り裂かれても、サラマンダーの頭は炎に包まれて形を保っている。
オニキスはサラマンダーの横へと回り込み、燃えている背中に向けてメイスを振り下ろした。
太い胴体を突き抜けてメイスが地面にぶつかり、立っていられないほどの揺れが広がっていく。
しかし、えぐられた身体から炎が噴き出し、サラマンダーの胴体はすぐに元の形に戻った。
『マルーンさんもオニキスさんも武器に魔力を乗せて攻撃しています。あの攻撃が効いてないはずはありません。ですが、敵の身体が大きくて……。持久戦になりそうです』
『耐火魔法で可能な限り影響を抑えていますが、炎の精霊と至近距離で長時間戦うのは不安ですね……』
ヒイラギとリンドウの声色から、心配している様子が伝わってくる。
何か、僕にできることはないかな……?
炎の舌がまっすぐ伸びて、巨人族の姫を襲う。
どうやらサラマンダーはマルーンを集中して狙うつもりのようだ。
両手の剣を使って舌を切り落としたけど、何事もなかったかのようにサラマンダーが、二本目、三本目の舌を伸ばしてくる。
「ソウタ様。敵の背中から何か出てきます!」
太陽のコロナのように、サラマンダーの背中から炎の柱が伸びる。
太くて長い柱はまるで蛇のようで、うねうねと身体をくねらせながらオニキスへとまとわりつく。
……もしかして、本当に蛇なのか? 火柱の先端には目や口が付いてる。
メイスを振るってオニキスが頭を叩き潰したけど、広い背中から次々と柱が伸びて、鉄の身体に噛みついた。
「あの攻撃はヤバそう……。どうにかしないと……」
火を消すって、普通に考えたら水だよね。
火事の時、駆けつけた消防車が大量の水をかけるイメージ。
リンドウは水を出す魔法を使えるけど——
『申し訳ありません。私が使える魔法は飲み水を出すためのもので、あの規模の精霊を倒すには魔力が足りないと思われます』
工作室で喉が渇いた時、前はリンドウに冷たい水を出してもらっていた。
エミリーさんに『使用人の仕事を奪うのはよくない』って言われてからは、鈴を鳴らして水を持ってきてもらうようになったけど。
……まぁ、そうだよね。水を出して倒せるのなら、リンドウの方から提案してくれてただろうし。
……いや、まてよ。
何もリンドウの力だけで水を出さなくても良いのでは?
妖魔の森にはいつものように、あやしい雲がかかっている。
あそこから雨を降らせれば良いんだから——
『マスター! ルビィさんとトパーズさんの召喚を提案します。あの二人に協力してもらえば、雨を降らせることも可能です』
……わかった。細かいことは任せるよ。
『既に準備は整っています。どうぞ、二人の名前を呼んで下さい』
「ルビィ! トパーズ!」
名前を呼ぶのと同時に、僕の目の前に二つの魔方陣が出現した。
どこかで見たような気がするけど、よくわからない魔方陣だ。
「あああぁぁぁぁおおぉぉぉん……」
「ピーゥ‼ ピーゥピーゥ……」
魔方陣が白い光に包まれて、ルビィとトパーズが現れた。
リンドウから話を聞いたのかな? ルビィはもう、豹の姿になっている。
……いつもの転送魔法とはちょっと違うんだね。
『はい。冬の城で見た召喚用の魔方陣を使用しました』
あー、なるほど! 礼拝室で見た魔方陣か。
資料をもらって、寝る前に読んで……。そのまま忘れてたよ。
『マスターに代わって魔法を使うのが私の役目ですから。マスターはお忘れになってかまいません』
ありがとう。これからも、よろしく頼むよ。
『お任せください』
僕とリンドウが話をしている間にトパーズはロック鳥へと姿を変え、ルビィを背中に乗せて飛んでいった。
『ルビィさんのブリザードで雨雲の種を作り、トパーズさんのハウリングカノンで震わせて、この辺りに雨を降らせます』
……狙いは良いと思うけど、少し時間がかかりそうだから……。ダッシュにも手伝ってもらおう。
元々、ダッシュを造ったのはこんな時のためだ。
鎧の上から腰に手を当てて、ポーチの中の球に魔力を注ぐ。
同時に、下で暴れているサラマンダーに対抗できるよう、願いを込めた。
「やー!」
人間サイズのダッシュが僕の前に現れた。
急いでやったけど、うまくいったようだ。
前は鉄でできていた身体が、今は青白い氷になっている。
……当たり前のように空中に立ってるけど、これはリンドウが魔法を使ってくれたのかな?
『はい。飛行の魔法をかけておきました』
さすがリンドウ。助かるなぁ。
「ダッシュ。オニキスとマルーンを助けてあげて。あっ、でも、身体が溶けそうになったら帰ってくるんだよ。たぶん、大丈夫だとは思うけど……」
「やー!」
見事な敬礼を見せたダッシュがさっと回れ右をして、サラマンダーに向けて飛んでいく。
少し離れたところで、ダッシュは巨人サイズに変化した。
手を前に伸ばしたポーズで空を飛ぶ、氷の巨人。
……魔法で飛ぶのも良いけど、どうせならロケットエンジンとか専用の翼を開発した方が良いかな? 剣と魔法の世界には似合わないか?
「氷の巨人……。アイスゴーレム? ソウタ様。ダッシュさんはアイスゴーレムだったのですか? 前に紹介していただいた時は、アイアンゴーレムだったように記憶しているのですが……」
「炎に対抗できるのは氷かな、って思って。急いで素材を変えたんだけど、うまくいったみたいだね」
「……さすがソウタ様ですね」
僕の願いがちゃんと反映されたのなら、サラマンダーに対抗できる機能も付いてるはずだ。
絶対零度まで自由に体温を下げられる機能。
……絶対零度ってマイナス270度であってたかな?
確かそれぐらいだったと思うけど、こっちの世界は違うかも。
——キイィィィィンッ…… ゴオオオォォォ……
悲鳴のような甲高い音。荒れ狂う風の音。
トパーズとルビィの作業も進んでいるようだ。
いつの間にか、上空には分厚い雲が垂れ込めて、今にも雨が降り出しそうな雰囲気になっている。
雨を嫌って地下に戻ってくれるだけでも良いんだけど……。そう、うまくはいかないかな。