10 暴走精霊(前編)
最初こそ緊張していたけど、しばらく見ているうちにヒイラギとマーガレットの練習にも慣れてきた。
二人が使っている技は大規模な破壊活動と言われてもおかしくないレベルだけど、ちゃんと周囲に気を使っているようで、僕とマイヤーが立っている方に斬撃が飛んでくることは数回しかなかった。
魔法障壁が光った時はびっくりしたけど、これぐらいなら大丈夫だってリンドウも言ってたし……。大丈夫だったんだろう。
長く続いた気もするけど実際には、練習がはじまってから三十分も経ってないと思う。
……ヒイラギもマーガレットも満足したのかな?
互いに向き合う姿勢で二人の動きが止まった。
『マスター。地下から何か近づいてきます』
「ソウタ様、気を付けてください!」
右手の腕時計と横にいるメイドさんから、同時に声が飛んできた。
「それって……。うわっ‼」
気付いてなかったのは僕だけ?
さっきまで、剣の衝撃で地面が震えてたけど、今はヒイラギもマーガレットも動きを止めていて、それでも細かく揺れ続けているのは——
ゆっくり考えをまとめる暇もなく、視線の先で地面が二つに割れ、真っ赤な溶岩が噴き出してきた。
「まさか、こんなことになるなんて……。巻き込んじゃってごめんなさい、ソウタ君」
「えっ? えっ⁉ マーガレット……。じゃなくて、マルーン?」
艶のあるストレートの黒髪。見上げるほど高い身長。
さっきまで離れたところにいたマーガレットがマルーンに姿を変えて、僕の斜め前に立っていた。
その横にはヒイラギもいて……。一瞬でここまで移動したの?
これも、さっき使っていた技の応用かな?
「多分だけど、あれは私の力に惹かれて出てきたんだと思うの」
「あれって……。トカゲ? サラマンダー?」
地面の裂け目がどんどん広がり、噴き出る溶岩が勢いを増す。
続けてにょきっと、巨大な頭が見えてきた。
爬虫類のような目。細く伸びた舌。太い腕。細い指。
全身が炎に包まれているけど、見た目は巨大なトカゲだ。
……暴走した精霊って、そっちかぁ。イフリートじゃなかったか。
「マイヤーは城に連絡を。戦闘態勢で待機するように伝えて」
「はっ!」
「ソウタ君は……。安全な場所まで避難してもらえる?」
「マルーンは一人で相手するつもりなの?」
割れ目に手をかけて、巨大なサラマンダーが這い出てくる。
周りに比較する物がないからサイズがよくわからないけど、ジャンボジェットから翼を外して、代わりに尻尾と手足を付けた感じ?
もっと太くて大きいかもしれない。
生物として有り得ないサイズだと思うけど、精霊なら有り?
「前に相手をした時は、ここまで大きくなかったけど……。魔石を食べて成長したのかしら? でも、身体が大きくなっただけなら、なんとかなるでしょう」
「……手伝っても良いですか?」
「そうしてもらえると助かるわ。でも、安全には気を付けてね?」
「もちろんです。足手まといになるようなことはしませんから」
話をしながら僕は、服の上から勾玉に手を当てて、オニキスを呼び出した。
「やー!」
ちゃんと状況を理解しているのだろう。
巨人サイズのオニキスが長く伸ばしたメイスを手に、気合いの入った表情でサラマンダーを睨んでいる。
……リンドウ。オニキスなら大丈夫だよね?
『炎を使った攻撃に耐えられるよう、オニキスさんに耐火の魔法をかけておきました。宜しければマルーンさんやマイヤーさんにも同じ魔法を施しますので、マスターから許可を取ってもらえないでしょうか?』
「リンドウが耐火の魔法を使いたいって言ってるんだけど、二人にもかけていいかな? マルーン、マイヤー」
「ありがとう、助かるわ」
「お願いします、ソウタ様」
「それじゃあ……。ヒートプロテクティブ!」
リンドウに教えてもらった呪文をそのまま復唱する。
二人の身体が薄い膜に包まれて……。これって、僕が呪文を口にする必要が有るのかな? 気分の問題?
『必要です』
……そうなのか。リンドウがそう言うのなら、間違いないだろう。
「ソウタ君……。ちょっと本気を出すけど、びっくりしないでね」
「あっ、はい。わかりました——えっ?」
落ち着いた雰囲気の言葉を残して、マルーンが歩き出した。
熱を帯びた風がながれてきて、美しい黒髪がふわりと広がる。
その瞬間、伝説の英雄の身体が閃光に包まれ、オニキスよりも大きな女性が姿を現した。
……十メートル近く差があるんじゃないかな?
巨人サイズのオニキスより、あきらかにマルーンの方が背が高い。
そして、そのサイズ以上に目を引くのは、腕が何本も増えていて、どの手にもロングソードを持っていることだった。
「ヘカトンケイル……。いや、千手観音かな?」
「マルーン様が本気で戦う時のお姿……。私も見るのは初めてです」
いち、にぃ、さん……。腕が全部で五組もある。
持っているのは僕が作った剣だけど、剣が大きくなったのはマルーンの使う技なんだろうか? 数が増えたのも、そういう技?
大きく、雄々しく、美しい。
……女性に『雄々しい』って表現は、褒め言葉になってないかな?
並んで歩くオニキスもかっこいいけど、マルーンの歩く姿はそれだけで目を釘付けにするほど魅力的だ。
『マスター、敵が近づいてきました。ヒイラギさんを纏って上空に避難してください』
……見惚れてる場合じゃなかったね。
マルーンとオニキスが安心して戦えるようにしないと。
「ヒイラギ!」
軽く名前を呼んだだけで、ミスリルの鎧に身体が包まれた。
背中の翼がどうなるのか心配だったけど、問題なかったようだ。
「僕たちは空から見守ろうか」
「了解しました」
サラマンダーの相手はオニキスとマルーンに任せて、僕とマイヤーはその場を離れた。