9 本気の練習
竜の翼でそれなりに速度を出して、三十分ほど。
僕はリンドウに任せて飛んでただけだしマーガレットも余裕そうだけど、マイヤーには少し厳しいペースだったようだ。
地面に降りて、ほっとした表情を見せている。
マーガレットに案内されたのは妖魔の森でもひときわ目立つ、見るからに変わった場所だった。
短い草がまばらに生えた、赤茶けた地面。
いくつも転がっている、表面がゴツゴツした岩。
小高い丘が一つあるだけで、周囲には平らな地面が広がっている。
山があったり谷があったりする森の中で、ここだけ開けてるのは何故?
まるで元は湖だった場所が、岩と土砂で埋め尽くされたような——
「四百年ほど前に、暴走した精霊が出てきて暴れた場所よ。火を噴いて、山を溶かしてマグマにして……。あの時は大変だったんだから」
「それはもう、大変だったってレベルじゃないのでは……?」
火を噴いて山をも溶かす精霊。
そう聞いて思い出すのは……。やっぱりイフリートかな?
人の形をした精霊で、作品によっては上位精霊だったり、炎の魔神って呼ばれてたりするけど……。マーガレットはどんな風に相手したんだろう?
暇な時にでも聞いてみよう。
「暴走した精霊の力が残ってるみたいで、この辺りには木も生えないし、妖魔も滅多に近づかないの。だから……ソウタ君とマイヤーは、あそこの丘まで下がってもらえる?」
「わかりました。それじゃあ……ヒイラギ!」
腰のナイフに手を当てて名前を呼ぶ。
全身鎧の姿になったヒイラギは、妙に気合いが入っているように見えた。
「ヒイラギなら大丈夫だと思うけど、無理はしないようにね」
そっと手を伸ばし、頭を軽く撫でてやる。
ミスリルの鎧が小さく頷いた。
☆
午前中にやった練習のやり直しかな?
最初は普通に打ち合っていた二人が徐々に速度を上げて、僕の目には残像しか見えなくなる。
何本も剣があるように見えるのは、まだまだ序の口だったのか。
マーガレットが二人に増えたかと思うとヒイラギも同じように分身して、別々に剣を合わせている。
……これって、剣の技の範囲を超えてないかな?
「マイヤーには二人の姿が見えてるの?」
「はい。今の速度がギリギリですが……」
マーガレットとヒイラギが剣を交えている場所から、五百メートルほど離れた位置にある丘の上。
後ろに居ることが多いマイヤーが今日は横に立っているのは、いざという時に備えてくれてるのかな?
……リンドウ。これだけ離れていれば大丈夫だよね?
『はい。何があっても私がマスターをお守りします』
……いざという時はマイヤーも守ってね。
『了解しました』
——ギイイィィィンッ‼
僕がリンドウと話をしている間に、練習のモードが変わったようだ。
足を止めたマーガレットが力のこもった剣を振り下ろし、ヒイラギが両手で持った剣で受け止める。
……ヒイラギの足が地面に沈み込んでる?
あの剣に、どれほどの威力が籠められているのか——
「ソウタ様の作った剣はすごいですね。並の剣だとマーガレット様の技に耐えきれず、砕けてしまうところですが……」
「練習用の木剣が粉々になってたっけ。……あれって、そういう技なの?」
「身体の奥で練り上げた魔力を剣や拳に纏わせて、威力を上げる技です。アラベスさんの魔法剣に似ていますが、こちらの方が難易度が高く、身に着けるために厳しい練習が必要です。……ですが、ヒイラギさんはもう使えるようになったようですね」
「えっ? それって——」
——ドオオォォンッ‼
ヒイラギが振り下ろした剣を、マーガレットが素早く避けた。
ミスリルのロングソードが地面を穿ち、衝撃で大きなクレーターができる。
……剣が光ってないから殺気はないようだけど、これはもう、普通の人間には耐えられないんじゃないかな?
剣と一緒に身体まで粉々にされそうなんだけど。
『練習はここからが本番のようです。魔法障壁の密度を上げるので、マイヤーさんと近づいてもらえますか? マスター』
……うん、わかったよ。
頭の中でリンドウに返事をして、こっそりマイヤーに近づく。
ずっと一緒に居たから気にしてなかったけど、妖しい森の丘にメイドさんが立ってるのって不思議な光景だな。
「ソウタ様?」
「魔法障壁を強くするからもっと近づいてほしいって、リンドウが。……念のためにね」
「ありがとうございます」
——ギャアアイイイィィィンッ‼
剣と剣がぶつかり、悲鳴のような轟音が遠くの木まで震わせる。
ほとばしる衝撃が雲を割り、地面を走り、岩まで吹き飛ばされる。
「これは……。止めた方が良いのかな?」
「今止めるのは、逆に危険かと思われますが……」
まるで美味しいデザートを食べて満足した時のように、にっこり微笑んでいるマーガレット。
ヒイラギの顔も、僕には笑っているように見えた。
「……諦めて、終わるのを待とうか」
「そうですね」