4 鉄爪熊のお披露目
「あっ、親方達だ。鉄爪熊を引き上げてきたんですね」
僕とマルコが居る丘からも、猟師達が山を下りてくる姿が遠くに見えた。
木をうまく組んで、担架のような道具を造ったのだろう。
大きな熊を乗せた台を四人で持って、残りの人は周囲を警戒しながら下りてきたようだ。
「すごいね……。重い熊を、あんなに軽々と運ぶなんて……」
「あれは、重い物を軽くする魔法を使ってるんだと思いますよ」
「えっ? そんなにすごい魔法があるの⁉」
「はい。でも、そんなに難しい魔法じゃないですよ。この村だけでも、使える人が何人か居ますし。ソウタさんだったらすぐに覚えられるのでは?」
「そうなんだ……。それじゃあ、いつか勉強してみようかな……」
物を軽くするって……重力制御?
素粒子の間に働く力が四つあって、そのうちの一つが重力で……。って、考えてたらキリがないか。
ここは魔法が存在する世界。
世界の法則も違うって、意識しておかないと。
「このまま、広場に運ぶみたいですね。僕たちも行ってみませんか?」
「うん、そうしようか」
「ピーゥ……。ピーゥピーゥ……」
「にゃあっ!」
トパーズがふわりと飛び上がり、鳴き声だけ残して森の奥へと帰って行く。
抱っこして欲しくなったのか、ルビィが僕の胸に飛び込んできた。
☆
誰かが前もって、話を回していたのだろうか?
僕とマルコが着いた時にはもう、村長屋敷の前にある広場に五十人ほどの村人が集まっていた。
「この爪を見ろよ。こんなので襲われたら、狼だってひとたまりもないぞ」
「こんな大物を倒したのかい? さすがカルロだねぇ……」
「頼りになる……。やっぱりあいつが、村一番の猟師だよ」
広場の中央に置かれた鉄爪熊を取り囲み、話に花を咲かせている。
小さい子供たち。若い女性。夫婦らしい、年老いた男女。
若い男性が少ないのは、仕事で家を離れている時間だから?
金色の髪、茶色い髪、艶のある黒髪。
マルコや村長代行に似たタイプの人が多いが、小さい村でもそれなりに、多様性に富んでいるようだ。
みんな、着ている服も清潔で、健康にも問題なさそうに見える。
きっとここは、それなりに裕福な村なんだろう。たぶん。
村人達の中に何人か、猫っぽい耳や犬のような耳の人が混ざっていた。
ズボンのお尻やスカートの裾から、それっぽい尻尾がはみ出ている。
もしかして……ファンタジー世界ではお約束の、獣人種族?
すごく気になるけど、いきなり声をかけるのもおかしいよなぁ。
マルコに紹介してもらう? でも、なんて説明すれば良いのか……。
ぼんやり考え事をしている間に村長屋敷の扉が開き、カルロと一緒に村長代行のキアラが外へと出てきた。
「なんだ。マルコも坊やも外にいたのか。お前達もこっちに来て、村長代行に詳しく説明してくれ」
「はーい! 今、行きます」
「えっ? ええっ⁉ 僕も……?」
親方の言葉は絶対なのか、マルコは僕の手首を掴むと、人混みの中を突っ切ってカルロの元へと連れて行った。
子供たちの、不思議なものを見るような視線が痛いんですけど……。
僕とマルコを呼び寄せておいて、結局、鉄爪熊と戦った話は、カルロがほとんど一人で説明した。
昨日、村長代行に話したのと同じような内容だったが、大げさな身振り手振りに加えて、目の前に横たわっている鉄爪熊の迫力も相まって、ずっと説得力があるように感じられた。
話を聞いていた村人達も、大いに盛り上がってたけど……。そんなにすごいバトルだったっけ? ちょっと、話を盛りすぎじゃない?
話を大げさにするのが、この村の猟師のお約束なんだろうか?
「つまり……俺もマルコも、こちらの坊やに助けられたって訳だ」
話が終わり、視線が自然と僕に集まってくる。
大勢の視線を浴びるのなんて、デザイン事務所に就職して、全社員の前で挨拶させられたのが最後なんだけど……。
「ソウタさん。村のみんなにも、野獣使いの力を見せてあげてもらえませんか? 無理にとは言いませんが……」
「あっ、はい。わかりました……。良いよね? ルビィ」
「にゃあっ!」
村長代行の言葉を受けて、熊の前に立っていたカルロが、すっと下がって場所を空けてくれた。
僕の腕から飛び降りたルビィが、堂々とした態度で熊に近づく。
ピンッと伸びた二本の尻尾が可愛い。
「それじゃあ……。『大きくなれ!』」
ルビィの背中に手をかざしてキーワードを唱えると、白猫があっという間に大きくなり、大人の豹ぐらいのサイズになった。
「ああぁぁぁおおおおぉぉぉぉぉん……」
屋外だから手加減しなかったのかな?
大きくなったルビィが気持ちよさそうに吠え、対照的に村の大人達は、微妙に顔を引きつらせている。
「この坊やがすごい野獣使いだって、良くわかっただろう? 俺とマルコの命の恩人だからな。みんな、親切にしてやってくれよ」
「僕からも頼みます。みんな、仲良くしてあげて下さいね」
一瞬、どうなることかと思ったけど、カルロとマルコのフォローが入って、驚いていた人も落ち着きを取り戻したようだ。
「おっ、おう……。わかったよ……」
「これは……。仲良くして欲しいってのは、私たちのセリフですよ……」
「こりゃあ〜すげぇ……。長く生きてきたけど、こんなの見るのは初めてだ」
いつまでこの村に居るのかわからないけど、この調子なら、そんなに怖がらないでもらえるかな?
そもそも僕が、今後の方針をちゃんと考えるべきか?
まずは仕事を探して、住む場所を確保しないと……。
行儀良くお座りしているルビィに、小さな女の子が近づいてきた。
元の世界の感覚だと、小学校に上がったぐらいの年齢かな?
「お兄ちゃん……。この子、触っても良いですか……?」
「うん。優しく撫でるぐらいなら大丈夫だよ」
見知らぬ動物を前に、好奇心が抑えられないのだろうか?
キラキラした瞳で大人の豹サイズのルビィを見つめている。
ルビィ、大丈夫だよね? 信じてるぞ……。
「あっ、あったかい……。ふさふさで、ゴワゴワで——きゃんっ! 舌がざらざらしてて……ん〜……」
小さな手で背中を撫でられるのが気に入ったのか、ルビィは少女の頬を舌先で優しく舐め返していた。
心配するまでもなかったかな? ちゃんと、子供を傷つけたり怯えさせたりしないように、気を使ってくれている。
「あの……。僕も触らせてもらって良いですか?」
「私も、お願いします!」
その様子を見て、他の子供も参戦してくる。
後ろに並んで立っているのは、母親や祖母だろうか?
舌や尻尾で優しくあやすルビィと、笑顔の子供たち。
楽しそうな光景を目にして、微妙に緊張が残っていた大人達の顔も、どうやら完全にほぐれたようだ。