6 ヒイラギと練習
ヒイラギが完成した日の翌日。
いつもなら午前中は工作室で何かしてるところだけど、今日は屋敷の裏庭でアラベスとマーガレットがやっている剣の練習を見学。
「アラベス、ちょっといいかな?」
「なんでしょう? お師匠様」
練習が一息ついたタイミングで、アラベスに声をかけた。
「僕の練習にも付き合ってほしいんだけど……。良いかな?」
「もしかして、剣と鎧が完成したのですか?」
「あらっ。何か作ってるとは聞いてたけど、そんな物を作ってたの? 言ってくれれば城の倉庫から、ソウタ君に合うものを見繕ってきたのに」
さっきまで激しく打ち合っていたのに、二人ともまだまだ元気そうだ。
目を輝かせながら迫ってきて……。迫力がすごい。
「剣と鎧を作ってたのは間違いないけど、ちょっと違って……。って、見てもらった方が速いかな?」
抱っこしていたルビィをマーガレットに預け、二人から少し離れる。
腰のベルトに付けていたケースからナイフを抜くと、銀色の刀身がキラリと光った。
「ヒイラギ!」
裏庭の景色がぐにゃりと歪み、持っていたナイフが姿を消す。
次の瞬間、銀色の全身鎧が僕の横に立っていた。
「さすがお師匠様、見事な出来栄えです。ですが、これは……」
「ソウタ君、あなた……。新しいゴーレムを造ったのね?」
わざわざ説明しなくても、何が起きたのか二人とも理解したようだ。
ゴーレムとして仕上げるのは秘密にしてたつもりなんだけど……。変身の仕方がオニキスと同じだったから、そこでバレたのかな?
「はい。新しい相棒のヒイラギです。見ての通り、防御の固さには自信があるんですけど、剣の腕前がどれぐらいなのか僕にはわからなくて……。試してもらえるかな?」
「では、まずは私から……。お相手いたしましょう」
☆
——カンッ! カンッカンッ! カンッ!
アラベスは最初から全力を出しているようだ。
マーガレットと練習していた時と同じように、手にした木剣で何度も激しく打ち込んでいる。
ヒイラギは全ての攻撃を木剣で受け止め、場合によっては受け流し、冷静に対応していた。
……僕が作ったロングソードじゃなくても、問題なく使えるようだな。
ただ、金属製の足だと芝生で滑りそうでちょっと怖い。
革で靴底を作るとか、考えた方が良いのかも。
「あの鎧……。ヒイラギさんって言うのよね? もしかして、相手の技をコピーできるのかしら?」
「わかるんですか⁉」
「だって私のクセまで再現してるんだもの。ほら、わかるでしょう? 木の剣を使ってても本物の剣と同じように、刃が当たる角度を意識してる」
そう言われてみると、ヒイラギの動きがマーガレットの動きとそっくりに見えてきた。
「僕にはよくわからないんですけど——」
「また何か、面白いことを始めたんですか? ソウタ君」
「えっ? ユーニス⁉」
マーガレットが立っているのとは反対側から、いきなりユーニスが声をかけてきた。
その後ろにはマイヤーが、申し訳なさそうな表情で立っている。
……ユーニスに言われてこっそり近づいてきたのかな?
マーガレットは気付いてたみたいだけど。
「あの鎧が、新しく造ったゴーレムね?」
「あっ、はい。そうです。名前はヒイラギです」
「すごいわね……。できたばかりでもう、アラベスと互角に打ち合ってる」
「本当にすごいのは、互角じゃないところだ」
「どういうことですか? マーガレット様」
「フェイントまで使ってアラベスは本気で崩そうとしているが、ヒイラギさんの方は完璧に対応している。それどころか、わざと反応を遅らせて、自分の動きを確かめているようだが……。まだまだ余裕がありそうだな」
「それは……。ソウタ君の造ったゴーレムなら、それぐらいできても不思議ではないですね」
「みゃあ〜」
……どうしてルビィが自慢げな表情になってるのかな?
何本も続けてアラベスが打ち込み、呼吸が途切れたタイミングでヒイラギが打ち返す。
木剣が折れるんじゃないかと心配になるほど激しいやりとり。
……あれ? 今、アラベスが変な動きをしたような気が——
「今のは剣を狙って斬って、相手の剣を落とさせる技よ。ヒイラギさんは技を見抜いた上で、わざと受けたようだが」
マーガレットが楽しそうに説明してくれた。
なんだか、アラベスがムキになってるみたいで心配なんだけど、マーガレットもユーニスも笑顔だから大丈夫……かな?
「ソウタ君のことだから、鎧の素材も普通じゃないんでしょう?」
「とりあえず、ミスリルで仕上げてみました。硬さと軽さのバランスが良さそうだったので」
「つまり、ヒイラギさんはミスリルゴーレムってことね。まさか動いているミスリルゴーレムを、この目で見られる日が来るなんて——」
「そこまで!」
マーガレットの凜とした声が、ユーニスの言葉を遮る。
音もなく斬り込んだヒイラギの木剣が、アラベスの首元で止まっていた。
「アラベス、代わってもらえる? 私もヒイラギさんの太刀筋を試してみたいから」
「はい……。あとはマーガレット様にお任せします」
邪魔にならないように気を使ったのかな?
マーガレットの腕から僕の胸元へとルビィがジャンプしてきた。
戻ってきたアラベスが、マーガレットに木剣を手渡す。
「もっと剣の練習が必要ね。アラベス」
「ヒイラギさんはお師匠様の造ったゴーレムだからね。仕方がないよ」
優しく声をかけるユーニス。
……アラベスは少し落ち込んでる? 悪いことをしたかなぁ。
「みゃあ〜」
どうしてルビィが自慢げな表情になってるのかな?
☆
——カアァァァンッ! カッカッ……。カカンッ‼
木と木のぶつかる激しい音。
銀色の鎧とエルフのお姉さんの打ち合いは、出だしこそ落ち着いていたが徐々にスピードを上げて、残像しか見えなくなっていた。
「このスピードについて行けるのか……」
「マーガレット様。まさか本気を出すおつもりで……?」
なんだか嫌な予感がするけど、二人とも楽しそうだからこのままで良いかな。
……いや、良くないか? 早めに止めるべき?
僕が声をかければヒイラギは止まると思うけど、マーガレットは無理かな?
だったら、気が済むまでやらせた方が——
——ビキィィィンンッ!
砕け散る木剣。
木から出たとは思えない音。
濃密な時間は唐突に終わりを迎えた。
「残念。ここまでか……」
「もう十分でしょう? マーガレット様」
「明日までに、新しい練習用の剣を用意しておきますから」
マーガレットに歩み寄り、言葉をかけるユーニスとアラベス。
名残惜しそうな視線を、マーガレットは手に残った残骸に向けていた。
木剣は途中で折れた訳でもなく、斬られた訳でもなく、粉々に砕けている。
……木ってこんな風に砕ける物だっけ?
何か二人の力が影響したんだろうな。たぶん。