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閑話休題 英雄の苦悩

 ソウタ君に連絡を取ってもらって、およそ八百年ぶりに賢者様と会うことができました。

 そして、女神にふさわしい立派な神殿で、離れていた間に起きた様々な出来事について報告しました。


 大戦を終わらせるために、戦い続けた一年間。

 休戦協定締結。監視体制構築。

 民間レベルで人や情報を集めるために、冒険者ギルドを設立。

 戦争を起こせない環境作りに、百年ほどかかりました。

 馬鹿なことを考える指導者には、私が自ら鉄槌を下したこともあります。


 大戦終結後の行動については大まかな方針しか聞けてなかったので、本当にこれで良いのかずっと悩んでいたのですが……。

 賢者様は私の判断を全て認めてくださいました。

 よくやったと褒めてくださいました。

 これまでの努力が全て報われた気分です。

 これも賢者様の……。女神さまのお力なのでしょうか?


 一番の悩みについても相談しました。

 それは、いつまで英雄を続けるべきなのかということ。

 私の身体について、私自身が一番よくわかっています。

 大戦を終わらせるために、七人分の力を集めたこの身体。

 肉体の面だけで言うと、まだ衰える気配はありません。

 ですが、精神的には疲れが溜まっています。

 英雄と呼ばれるようになって八百年ほど。

 本気で後継者を探した時期もありましたが、代わりを務めてくれる人は見つかりませんでした。


 賢者様はあっさり答えてくださいました。

 いつでも好きな時に、英雄を辞めて良いと。

 十分に役目を果たしたのだから、あとは好きにしていいそうです。

 それどころか、英雄を辞めたあとの仕事まで紹介してくれました。

 賢者様の……。つまり、春の女神の眷族となって、女神として働いてみてはどうかと。


 ……私が、女神に?

 戸惑っていた私に、賢者様が詳しく説明してくれました。

 一般にはあまり知られてないが、地上に暮らす人が女神になるのは、それほど珍しいことでは無いそうです。

 みんな仲が良いアットホームな職場? 経験が無い人でも大丈夫?

 仲が悪くてギスギスしている女神なんて想像できないですし、女神の経験がある人間なんて滅多にいないでしょう。

 賢者様の説明は間違ってないと思うのですが、何故かその場で返事をするのはためらわれました。



 ソウタ君の屋敷に帰ってきて、一週間ほど経ちました。

 このまま英雄の仕事を続けるべきか、春の女神の眷族となるべきか、あらたな悩みを抱えたまま過ごす生活。

 過去の経験から言って、賢者様の言葉が間違っていたことはありません。

 すぐには信じられないような内容でも、後になって、あれは正しかったと理解する時が必ず来るのです。

 ですから、賢者様に言われたとおり、春の女神の眷族になるのが正解だと思うのですが……。この、もやもやした気分は何でしょう?

 英雄としてやり残したことがある?

 城に放置してきたパーカーでしょうか?

 彼なら私が居なくなっても、全てどうにかしてくれるでしょう。

 だとしたら、何が……。


 ……えっ? ソウタ君に仕事の話が入った?

 バラギアン王国の南東地方にお出かけする?

 もちろん、私も行きますよ。良い気分転換になりそうです。


         ☆


 ソウタ君と一緒にトパーズさんに乗って移動。

 ロック鳥の背中に乗るのは、想像していた以上に楽しい経験でした。

 この世界にはまだ、私の知らない面白いことが残っているのですね。


 私もソウタ君の味方と認定されたのでしょうか?

 ルビィさんから抱っこをせがまれ、背中を撫でるようリクエストされました。

 ソウタ君と二人で馬に乗るのも楽しかったです。

 ゴーレムとは思えないぐらい自然な動きでしたが、ソウタ君の造ったゴーレムなら当然でしょう。


 先代魔王の依頼については口出しせず、最後までソウタ君の活躍を見守るつもりだったのですが……。

 大規模魔法の発動を感知した瞬間、見通しが甘かったと悟りました。


 敵が使った魔法はラティオ・イクリプス。

 単純に日光を遮るだけでなく、闇に包まれた人から理性を奪い、アンデッドを強化する凶悪な魔法です。

 この呪文に関する情報は、魔族大戦の終結と同時に封印されたと聞いていたのですが……。どこで手に入れたのか、調査が必要です。


 ユーニス、アラベス、マイヤーの三人は抵抗に成功したようですね。

 先代魔王や森に潜んでいる魔王の部下も、問題なかったようです。余計な仕事が増えなくて助かりました。

 ソウタ君は……心配するまでもなかったですね。

 不思議そうな顔で、暗くなった空を見上げています。

 ルビィさんが効果をキャンセルしたのでしょうか?

 それとも、魔法が得意なリンドウさんかしら?

 この辺りの話も、いつか詳しく聞かないと……。その前に、まずは無粋な敵をどうにかしましょう。

 ソウタ君から許可を得て、死霊術師討伐に向かいました。



 念のため、まだ離れた場所から廃墟となった城塞都市をスキャン。

 生きている人間の反応が一つに、強力なアンデッドの反応が二十二個。

 下位のアンデッドは数え切れないほど。

 城壁の外に魔族らしい反応がいくつか見つかりましたが、これはおそらく先代魔王の部下でしょう。

 邪魔をするようならその時に対応するということで、とりあえず放置。

 まずはアンデッドからどうにかしましょうか。


 ……おかしいですね。

 挨拶代わりのホーリーライトで下位のアンデッドが消滅したのは予定通りですが、司祭服を身に着けた人間まで苦しんでいます。

 聖なる光を直視して、抵抗に失敗したのでしょうか?

 それとも何かの罠?

 理由はわかりませんが、チャンスを無駄にすることもないでしょう。

 さくっと、水晶の檻に閉じ込めておきました。


 これで終わりなら話が楽だったのですが……。

 残された二十二体のアンデッドが襲いかかってきました。

 剣で斬りかかってくる者。拳で殴りつけてくる者。魔法を唱える者。

 どれも明らかに、普通のアンデッドではありません。

 生前の技や知識をある程度使えるタイプ……。いわゆる、ブアウゾンビと呼ばれているアンデッドですね。


 ブアウゾンビを作るには禁呪とされている呪文と、死んで間もない遺体が必要なはずですが、私を襲ってきたのはどれも、千年以上も前に亡くなった魔族から作られたアンデッドです。

 あっさり捕まった司祭服の男がどこかで知識を手に入れて、古い遺体からブアウゾンビを作ったのでしょうか?

 それとも、裏で糸を引いている人間が他にいる?

 ……そんな面倒な話は、先代魔王にでも任せておけば良いでしょう。



 思っていたより、ブアウゾンビはやっかいな相手ですね。

 魔法への抵抗力が高いようで、攻撃魔法がそれほど効いてません。

 それどころか、与えたダメージが徐々に回復している?

 もちろん、本気を出せばこんな相手に負ける気はしませんが、まだ、ソウタ君の前で真の姿をさらす勇気はありません。

 さて、どうしたものか……。時間はかかっても、地道に一体ずつ仕留めていくのが確実でしょうか?


 攻撃魔法をいくつか試しながら作戦を練っていると、周囲を覆っていた闇がいきなり晴れました。

 ラティオ・イクリプスの効果は一定の時間で切れるはずですが、それにしてもこれは早すぎます。

 しかし、大規模な儀式魔法を解呪するなんて、そんなこと……。ソウタ君なら有り得ますね。

 彼が右手に付けている腕輪の形をしたゴーレム。

 転送魔法を自由に使いこなし、帰還魔法の開発にあっさり成功するようなゴーレムなら、これぐらい不思議ではないでしょう。


 詳しい話はあとでソウタ君に聞くとして……。

 アンデッドたちの動きが、目に見えて鈍りました。

 こちらの攻撃が効くようになり、ダメージの回復も止まったようです。

 ……ラティオ・イクリプスの効果がそれだけ強力だったのですね。

 思考力まで落ちたのか、直接殴りかかってくる攻撃が増えました。


 この身体で打撃戦をするなんて、何百年ぶりかしら?

 久しぶりの感覚に、巨人族の本能が目覚めてしまいそう。

 自分でも頬が緩んでいるのがわかります。

 ……いけない、いけない。遊んでいる場合ではないですね。

 この状況でもアンデッドは何か狙っているようですし、面倒なことになる前にとっとと終わらせましょう。


         ☆


 ソウタ君の屋敷に帰ってきて、一週間ほど経ちました。

 特にこれといった事件も起きない、穏やかな生活。

 それまでと変わらない暮らしに戻ったはずなのに、この、胸の奥の疼きは何でしょう?

 久しぶりの打撃戦が良くなかったのでしょうか?


 もっと身体を動かしたい。本気で腕を振り回したい。

 本能的な衝動に押し流されそうになって……。これは危険な兆候です。

 アラベスの練習に付き合っていた時、思わず手が出そうになりました。


 早めにどうにかしないと……。古龍にお願いして胸を借りる?

 パーカーを呼び出して相手をしてもらう?

 それとも、他の誰かに頼んで……。

 ソウタ君なら、この悩みもどうにかしてくれるかしら?


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