3 村の地理とトパーズ
朝ご飯もすごく美味しかった。
温かいコーヒー。白いパンとバター。たっぷりのソーセージ。
食事の合間にさりげなく聞いてみると、この村では白くて柔らかいパンが当たり前らしい。
料理の面でもこの世界は、僕がいた世界の中世より進んでいるのだろう。
朝食のあとは、マルコと一緒に散歩に出かけた。
僕はルビィを抱っこして、マルコは黒い犬のリードを持って歩く。
ちょうど良い機会だと思って歩きながらいろいろ質問すると、マルコはなんでも丁寧に教えてくれた。
この村はイムルシアという名前の国に属していて、国の中では北の端に位置すること。村の西には温泉で有名な村が、東には鉱山で有名な村があること。
北に見えている雪に覆われた山脈は氷龍山脈と呼ばれていて、実際に竜が住んでいること。山脈の向こうは別の国になっているが、マルコはまだ行ったことがないそうだ。
「ちょっと待って。竜って……あの竜だよね? 大きくて、翼のある」
「ええ、その竜ですよ。僕も何度か、飛んでるところを見ました」
「そうなんだ……。一度、見てみたいなぁ……」
魔法のある世界だし、竜が居てもおかしくないか。
でも、こんなに近くに住んでるとは……。いや、言うほど近くないかな?
ここから山を登って雪が積もってるところまで行こうと思ったら、何日もかかりそうだ。
「竜が飛んでるのは、秋から冬にかけてが多いですね。竜も冬ごもりの準備をするんだろうって、おじいちゃんから聞いた覚えがあります」
「それじゃあ、この季節は見られないかな……。残念だけど」
遙か高くまで澄んだ青空。
すっと視線を下げると、小さくて可愛い花が目に入った。
この辺りでは、花を育てるのが流行してるのだろうか?
家々の軒先にプランターが並べられ、色とりどりの花が咲いている。
季節はちょうど冬が終わり、春を迎えたばかりのようだ。
ずっと抱っこされていたルビィが胸から飛び出して、楽しそうに蝶を追いかけはじめた。
こうして見ると、尻尾が二本あるところ以外は普通の猫なんだけど……。不思議だなぁ。
緩やかな坂道を登っている間に、村長の屋敷からずいぶん離れていた。
斜面には小さな畑が点在していて、人が住むような建物は、すっかり見当たらなくなっている。
「このまま進んだら、牛や山羊を飼ってる地区に着きますけど……。行ってみますか? でも、この時間は放牧に出ちゃってて、もう誰もいないかな」
「それなら、ここで引き返そうか。でも、その前に……ちょっと、待っててもらえる?」
「えっ? こんなところで、何か用事でも……?」
すっと目を閉じて、トパーズの姿を思い浮かべる。
昨日の夜から何度か試してみたが、僕には相棒のいる位置がわかるようだ。
トパーズも同じように僕の居場所がわかるようで……。今は、こっちに向かってるのかな? なんとなく、空を飛んでる感じがする。
「トパーズ!」
「ピーゥ‼ ピーゥピーゥ……」
手を高く掲げて名前を呼ぶと、少し離れた森の奥から大鷲の鳴き声が聞こえてきた。木々の上から茶色い点が姿を現し、みるみるうちに近づいてくる。
テレビで見た鷹匠をイメージして、掲げていた手を水平に伸ばすが、トパーズは僕の腕に止まろうとせず、目の前の地面にふわっと着地した。
「あれっ⁉ もしかして……。気を使ってくれたの?」
「ピーゥ! ピーゥピーゥ……」
チラリと下を見ると、トパーズの足には僕の腕ぐらい簡単に貫けそうなほど鋭い爪が生えていた。
忘れてた訳じゃ無いんだけど……。これは確かに、生身で止まってもらうのは危ないか。機会があったら、革製のグローブを探しておこう。
そっと手を伸ばして、大鷲の頭を優しく撫でてやる。
すっと眼を細めて、トパーズは気持ちよさそうにしている。
どことなく雰囲気が犬っぽいのは、造る時にイヌワシをイメージしたから?
いや、まさか……。それはないよね?
「お腹は減ってない? 寂しくなかった? ああ、うん。もちろん、何かあったらいつでも呼ぶからね」
一方的に声をかけるだけでも、なんとなく返事が伝わってくる。
トパーズは一人でも問題なさそうだ。
「やっぱり、ソウタさんはすごいですね……。こんなに大きい鷲まで手懐けてるなんて……。信じられない……」
「にゃあっ!」
いつの間にかマルコは、少し離れたところからこっちを見ていた。
表情が引きつってるように見えるのは気のせいかな?
連れている犬の尻尾も、微妙に元気が無くなっているようだ。
対照的にルビィは、どこか自慢げな表情を浮かべていた。