8 死霊術師の最期(後編)
暗闇の中を飛んでいくマルーン。
廃墟となった城塞都市に、黄色い光が増えていく。
大きな光が二十個ほど。小さな光はもう、数え切れない。
暗視の魔法に遠視の魔法を重ねてかけてもらって、何が起きてるのか確認しようとしたんだけど——
「ソウタ君、目を閉じて!」
「えっ?」
いきなりユーニスが僕の前に来て、視線を遮った。
その瞬間、闇に包まれていた森が激しい光に照らされる。
「……今、何が起きたの?」
「ホーリーライト。聖なる光の呪文をマルーン様が発動しました」
「今の一撃で下位のアンデッドは全滅したようです」
ユーニスとアラベスが詳しく説明してくれる。
直接見えなくてもまぶしく感じるぐらい強い光だったんだけど、ユーニスもアラベスも平気だったの?
僕は気付かなかったけど、マルーンから合図があったのかな?
ユーニスが横に動いて、僕にも再び城塞都市が見えるようになったけど、そこでは激しい争いが起きていた。
門を抜けて街に入ったところにある、ちょっとした広場。
勢いよく飛びながら、いくつもの魔法を使うマルーン。
アンデッドの中にも魔法が使える者が居るようだ。
味方がやられるのも気にせずに、魔法でマルーンを攻撃している。
……アンデッドって頭が良くないイメージがあったけど、魔法が使えるアンデッドも居るんだな。
これが、死霊術師の力?
「敵もなかなかやるわね……」
「上位のアンデッドにはさほど効いてないのか」
他の皆はマルーンとアンデッドの戦いをしっかり観察しているようだけど、僕は暗視や遠視の魔法に慣れてないせいか、それっぽい影を追いかけることしかできない。
せめて、もうちょっと明るければ……。
……急に暗くなったのは、敵が魔法を使って日食を起こしたせいだよね?
これって、解呪できないかな? リンドウ。
『呪文が発動した場所が、かなり高い位置にあるため……。あっ、いえ。大丈夫です。なんとかなりそうです』
……それじゃあ、解呪してもらえる?
『急いで準備しますので、少々お待ちください。……準備が整いました。発動は私が行いますので、タイミングはお任せします』
どうやるのかはわからないけど、リンドウに任せておけば大丈夫だろう。
「解呪の呪文は確か……。ディスペル!」
「ピーウ‼ ピーゥピーゥ!」
僕が呪文を口にすると、遙か上空からトパーズの声が返ってきた。
……敵の魔法を解呪するのを、トパーズも手伝ってくれたのかな?
詳しい話は後でリンドウに聞いてみよう。
カーテンを勢いよく開けた時のように、辺りが一瞬で明るくなった。
雲一つ無い空。まぶしい太陽。
なんだか、空気まで綺麗になった気がする。
「さすがソウタ君ね……。敵の大規模魔法をあっさり解呪するだなんて」
「アンデッドの動きが鈍りました。……マルーン様には、こちらに手を振る余裕ができたようです」
ダイヤモンドランクの冒険者だから?
それとも、目の作りからして違うのかな?
僕の目が周りの明るさに慣れるのより早く、ユーニスとアラベスが状況を詳しく説明してくれた。
あれは……。さっき、幻影の姿で話しかけてきた司祭かな?
それっぽい人が広場の奥の方で、水晶の柱に閉じ込められている。
他にそんなことをやりそうな人は見当たらないし、マルーンがやったんだと思うけど……。いつの間に? アンデッドと戦いながらやったの?
明るくなったことで、アンデッドの姿がよく見えるようになった。
男性もいれば女性もいて、年齢もバラバラのようだ。
お葬式で見送る時の服装なんだろうか?
全員が同じような白っぽい衣装に身を包んでいる。
顔色が悪いのは……。アンデッドだから当たり前か。
「うわあぁぁぁ……。どっちもすごいな……」
マルーンは戦い方を変えたようで、地上に降りて木の棒を振るっていた。
子どもに蹴られたビーチボールのように勢いよく飛ばされて、壁にたたきつけられるアンデッドたち。
痛みを感じないのだろう。
何度やられても立ち上がり、マルーンへと迫っていく。
「日光に照らされて、アンデッドの動きが鈍ってます」
「この状況で動けるのは異常ですが……。それでも、時間の問題でしょう」
ユーニスもアラベスも、マルーンの勝利を疑ってないようだけど……。なんだか嫌な予感がする。
一方的にやられてるように見えて、アンデッドは何かを狙ってる?
僕の気のせいかな?
「ふみゃあぁぁ〜」
「ルビィもそう思うの?」
マルーンを取り囲むように、二十二体のアンデッドが円を描く。
明るい太陽の下でもわかるぐらい、アンデッドの身体が黄色く光る。
何をやろうとしているのかわからないが、何かを狙っているのはわかる。
もちろん、マルーンも気付いてると思うけど……。笑ってる?
これも全て、計算していた状況なのかな?
手に持っていた木の棒を、マルーンが石畳に突き立てる。
自由になった両手で、すっと弓を引くポーズを取り、太陽に向けて見えない矢を放った。
「全てを浄化する光よ……。ソーラーレイ!」
マルーンの声が聞こえたような気がする。
白く輝く矢が何本も降ってきて、アンデッドの手足を撃ち抜いて、石畳へと磔にする。
「……」
続く言葉ははっきり聞こえなかった。
四肢を貫いた矢が燃え上がり、アンデッドの身体が炎に包まれる。
ぐるっと円を描くように並んだ、白くて美しい炎。
炎が消えた時、そこには白い灰が残ってるだけだった。
☆
気になることがあったのだろう。
戦いが終わったあともマルーンは廃墟で何かしていたが、五分ほどで僕たちが居る場所に戻ってきた。
「ありがとう、ソウタ君。日食を終わらせてくれたのはあなたでしょう?」
「ええ、その通りです」
「私のお師匠様ですから!」
僕が応えるより早く、ユーニスとアラベスが返事をする。
二人とも微妙にドヤ顔なのが、ちょっと気になる。
「僕はただ、暗くてマルーンの姿が見えにくかったから、明るくしようと思っただけなんですけど……」
「ただでさえやっかいなブアウゾンビが日食で強化されて、面倒な状況になってたのよ。本当に助かったわ」
「それなら……。助けになったのなら良かったです」
ブアウゾンビって何だろう?
これは、帰ってからユーニスに聞けば良いかな。
笑顔で話をしていたマルーンが、先代魔王の方へと向き直る。
「死霊術師は水晶の檻に入れておいたから、二週間もすれば、魔法が使えない身体になって出てくるはずよ。あとは任せます」
「了解しました」
「私が居たことは秘密にするように……。せっかくだし、全てソウタ君の手柄にしてもらおうかしら?」
「ええっ⁉ 僕は何もして無いですから、それはちょっと……」
「そう? じゃあ、そこはソウタ君の希望を尊重して、良い感じに話をまとめておいてちょうだい」
「では部下と協力して、私が捕らえたことにしておきます。その分、報酬に色を付けておきますので……」
「ええ。それで良いでしょう」
なんだか不穏な会話が続いてる気がするけど、気のせいかな?
これはもう、全部聞かなかったことにするのが正解か?
「あっ、そうそう。あやしい魔方陣を潰すついでに、毒を浄化して罠を破壊しておいたから。これは、ソウタ君がお世話になってる分のサービスよ」
「ありがとうございます。今後とも、お二人にはよろしくお願いします」
「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。ソウタ君」
「あっ、はい。……ルハンナ伯爵への報告は、なくても大丈夫でしょうか?」
「そこも含めて、先代魔王がうまくやってくれるでしょう」
「全てお任せください」
いつの間にか、エメリックさんが有能な営業みたいな雰囲気になってる。
先代魔王ってすごく偉い人だと思うんだけど、伝説の英雄の前ではこうなっちゃうのが普通なの……?
「ピーゥピーゥ!」
帰ろうとする雰囲気を感じたのかな?
トパーズがすーっと降りてきた。
ここからイムルシアは近いし、夕飯までに帰れそうだ。
途中でベレス村によって、マルコやキアラさんに顔を見せてくるのも良いかもしれない。
……どうするかは、トパーズの背中で相談すれば良いか。
「それじゃあ……。みんなで帰ろうか」
「はいっ!」
ひときわ大きな声でアラベスが返事をする。
ずっと僕の後ろで警戒してくれていたマイヤーが、にっこり微笑んだ。