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7 死霊術師の最期(前編)

 雲一つ無い空。まぶしい太陽。

 木々を揺らす爽やかな風。眼下に見える崩れた城壁。

 トパーズに乗せてもらって僕たちは、ルハンナの街から馬車で三日ほどの距離にある、小高い山の中腹へとやってきた。


 廃墟となっている城塞都市はもっと近くて、みんな揃って馬車で行くんだと思ってたんだけど、朝になってエメリックさんからトパーズで送って欲しいって言われていろいろあって……。

 無事に着いたんだから、これで良かったのかな?

 これから先、トパーズに乗ってるところを見られても、バラギアン王国では問題にならないように通達を出すって約束してくれたし、良しとしよう。


 細くて流れの速い川と草が生えて荒れている街道を挟んで、たぶん、廃墟となった城塞都市まで一キロぐらい離れている。

 激しい争いがあったのだろう。

 街を取り囲む城壁は三分の一ほどが瓦礫と化している。

 中に見えている建物も、屋根が落ちていたり壁に穴が開いていたりで、どれも人が住めるようには見えなかった。


「まだ日の高い時間に、死霊術師(ネクロマンサー)が外に出てくるとは考えにくい。部下からの情報によると、敵の元に残っているのはアンデッドだけらしいからね。残された選択肢は建物の奥で夜まで籠城して、闇に紛れて逃げる作戦ぐらいだろう」

 これから行う作戦を、エメリックさんが具体的に説明してくれた。


「手前の街道に沿って北と南には、既に兵を配置してある。城壁の東にある門は部下が抑えたし、奥に見える森にも密偵部隊を潜ませておいた。何があってもここから逃がすつもりは無いんだけど……。手前の崩れた門のところに、ガーディアンが居るのが見えるだろう?」

「あっ、はい。わかります」

 昔は立派な門だったのだろう。

 残された大きな柱と、腰の辺りまで瓦礫に埋もれているガーディアン。

 城壁から街道へと出る道の左右に柱だけが残されていて、その手前に、それぞれ一体ずつガーディアンが立っていた。

「ガーディアンと死霊術師を同時に相手するのは、さすがに厳しいからね。あれが動き出した時は、ソウタ君のゴーレムで抑えてほしい」

「わかりました」


「あとは……。僕が乗り込んで、日が暮れるまでに死霊術師を捕まえてくるだけだから。ここで待っててくれれば良いよ」

「乗り込むって、エメリックさんが一人で行くんですか? その……。大丈夫でしょうか?」

「敵の正体は判明してるし、ちゃんと対策もしてきたからね。アンデッドの力が強くなる夜ならともかく、この時間なら一人で十分さ」

 僕の方を振り向いた先代魔王が、余裕の表情で微笑んだ。


「お待ちください。何か、異常な気配を感じます……」

「これは……。お父様、空を!」

 後ろに立っていたマイヤーから、声をかけられる。

 エメリックさんに声をかけたのはアラベスだ。

 言葉に釣られて空を見ると、雲一つ無いのに何故か暗くなってきた。

 まん丸だった太陽が徐々に欠けて……。日食? このタイミングで⁉


         ☆


 みるみるうちに太陽は全て隠され、僕たちは闇に包まれた。

 すかさずリンドウが暗視の魔法を使ってくれたおかげで、そんなに慌てることは無かったけど。


『愚かなる先代魔王よ……。私の知識は偉大なる魔族王国時代に遡り、私の力は原初の魔族をも超えた。それでも勝てると思うのなら、ここに来い……。お前も死んで、私の力となるが良い……』

 いつの間にかエメリックさんと向かい合う位置に、白く光る幻影がぼんやり浮かび上がっていた。

 立派な髭。でっぷりとした体格。

 着ている服は司祭が身に着けているような物だ。

 未だに名前を聞いてないけど、おそらくこの人が、遺体を盗んだ死霊術師なんだろう。


 声が途切れるのと同時に、幻影がすーっと消えた。

 辺りを見回していると今度は廃墟となった城塞都市に、黄色い光がポツポツと現れる。

 僕から見える範囲で……二十個ぐらいか。

 あれが、死霊術師の用意したアンデッドだろうか?

 太陽の光が遮られて、安心して建物から出てきたのかな?


「ラティオ・イクリプス……。まさかこんな呪文まで知ってるなんて、あの死霊術師が言ってることは本当みたいね」

 マーガレットの口調は、お茶を飲んでる時と同じような雰囲気で……。全く慌ててないようだ。

「マーガレットさんは知ってるんですか?」

「ずいぶん前に禁止された呪文の一つよ。……ねぇ、ソウタ君。ここは私に任せてもらえないかしら? 先代魔王には荷が重そうな相手だし」

「えっ? えーっと……。それを僕に言われても——」

「君は確か、ガーディアンの調査を手伝ってくれた人だよね? 君なら、死霊術師をどうにかできるのかい?」

 エメリックさんもマーガレットも、当たり前のように会話してる。

 この二人は暗いところでも目が見えるのかな?

 それとも僕みたいに、暗視の魔法を使ってるんだろうか。


 返事をする前にマーガレットが、パチンっと指を鳴らした。

 森の景色がぐにゃりと歪み、マーガレットが立っていた場所に、すごく背の高い女性が現れる。

 八百年ほど前に大戦を終わらせた、伝説の英雄の姿だ。

「この姿で会うのは久しぶりね。バラギアン王国の先代魔王」

「あっ、あなたは……!」

 艶のある黒髪は僕が初めて会った時と同じだけど、今は動きやすそうな冒険者っぽい服装になっている。

 変身するタイミングで自由に服を選べるのかな?

 今度、時間があったら聞いてみよう。


「……わかりました。この場は全て、英雄にお任せします」

「ユーニス、アラベス、マイヤー! あなたたちはソウタ君をお守りして」

「はっ!」

「ソウタ君。これだけ離れてれば大丈夫だと思うけど……。安全には気を付けてね」

「わかりました」

 キリッとした表情で、指示を出す伝説の英雄。


 言葉が途切れたタイミングでマルーンは急に後ろを向いて、まだ若そうな木に向けて手を振った。

 良い感じの太さでまっすぐの木……。これは杉の仲間かな?

 根本で切られ、枝を払われて、長さが三メートルほどの棒になった木を、マルーンがさっと握ってくるくる回す。

 格闘ゲームで見たことがある、棒術使いみたいだ。


「それじゃあ、行ってくるわね」

「マルーンも気を付けて!」

 ちょっと散歩に行く時ぐらいの感じで、マルーンは僕に手を振った。

 その背中にはいつの間にか、大きな竜の翼が生えている。

 棒を一本手にしただけで、勢いよく飛び出したけど……。

 本当に大丈夫かな? 伝説の英雄なら大丈夫だよね?


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