7 伝説の英雄と春の女神
思いっきり泣いたことで、マルーンも落ち着いたようだ。
春の女神に手を引かれ、手前のソファに仲良く並んで座った。
「どうぞ。創多さんはこちらに座って」
「えっ? あのっ、でも……」
どうするべきか迷っていた僕を、奥のソファに座っている綺麗なお姉さんが呼んでくれた。
右手でポンポン叩いているのは、さっきまで春の女神が座っていた場所だ。
……僕なんかが女神の隣に座っても良いのかな?
女神ともなれば、細かいことは気にしないんだろうか?
グリゴリエルさんの表情をさりげなく確認したけど、美青年天使はにっこり微笑むだけだった。
アルカイックスマイルって、こういう顔のことを言うんじゃないかな?
「それでは、失礼します……」
「みゃあっ!」
「にゃ〜にゃ〜」
「あ〜……。ルビィもシロも、遊ぶんだったら床でやってね」
秋の女神の隣に腰を下ろすと、女神のふとももで丸まっていたシロが、横からルビィに手を伸ばしてきた。
抱えていたルビィをソファの横に降ろしてやると、シロも追いかけてきて二匹でじゃれあって……。本当に仲が良いね、君たちは。
全員の雰囲気が落ち着いたタイミングで、メイド服姿の天使さんが部屋に入ってきてお茶を入れてくれた。
……今日もグリゴリエルさんは立ったまま?
一人がけのソファが空いてるし、座ってもいいと思うんだけど……。立ってる方が気が楽なのかも。
「ねぇ、マルーン。良い機会だから、身体の調子を確認させてもらっても良いかしら?」
「わかりました。お願いします」
向かいのソファで春の女神が、マルーンのおでこに手を当てた。
……これも女神の力なのかな?
元の世界で言うと、CTスキャンとかMRI検査みたいなもの?
「私と創多さんも、あんな風にしたことがありましたね」
「あの時は、いろいろとお世話になって……。ありがとうございました」
隣に座っている女神さまも、同じことを思い出していたようだ。
秋の女神と初めて会った時。
僕は自分が見ている夢だと思い込んでいて、綺麗なお姉さんは僕が粘土を欲しがってるって思ってて……。結局、記憶を覗いてもらって納得してもらったんだよね。
ずいぶん昔の出来事のような気がするけど、あれからまだ、四ヶ月くらいしか経ってないのか。
「どうやら、少し歪みが出ているようですね……。自分では、何かおかしいと感じたことはなかったかしら?」
「一年ほど前の話ですが、何日も続けて眠ってしまうことがありました。最近は問題なく起きれていますが」
「何日も眠ってしまう……。他には何かないかしら? ずっと前の話でも良いから」
「気になったことと言えば、いつも身近にいる者から、感情が希薄になってると指摘されたことがありました」
「それって、いつ頃の話か覚えていますか?」
「あれは確か、城を探しに行く前だから……。四百年ほど前の話でしょうか」
「……念のために聞いておきたいんだけど、あなたは今でも他の英雄の姿に変身できるのかしら?」
「それは……。今でも起きているのは、ハイエルフのマーガレットだけです。他の人はみんな、ずいぶん前に眠ってしまいました」
「やはりそういう事ね。ということは、つまり……このあと……」
……いまさらだけど、二人の話を僕が聞いても良いんだろうか?
マルーンはなんだか心配そうな表情になってるし、春の女神は深刻な表情で考え込んでるけど。
その横ではシロとルビィが、楽しそうにじゃれあってるけど。
秋の女神は僕の隣で、機嫌良さそうにお茶を飲んでるけど。
「ねぇ、マルーン。久しぶりに会えたことだし、あなたには話しておきたいことがいろいろあるんだけど……。話が長くなりそうだし、このまま私の家に泊まっていってもらえないかしら?」
「私はかまいませんが……。何の準備もしてきていませんし、ご迷惑にならないですか?」
「そんなこと気にしなくて良いわよ。帰りも誰かに送らせるから。ソウタ君も良いわよね?」
「あっ、はい。ユーニス達には僕から説明しておきますね」
春の女神の家ってこの浮島にあるのかな? どこか別のところ?
いろいろ気になるけど、あとでマルーンに聞けば良いだろう。