4 台風襲来
朝ご飯を食べ終えたタイミングで、珍しく僕の部屋に来たエミリーさんから声をかけられた。
「ソウタ様。イムルシアに台風警報が発令されました。今日と明日の二日間、屋敷を出る際は大雨や強風にご注意ください」
「わかりました。……台風警報ってどこから出るんですか?」
「台風に限らず、大規模な火災や地震などの天災に関する情報は、教会からのお触れという形で広められます」
「へぇ〜……。天災の情報が教会からのお触れで……」
確か、ベレス村の教会では子供たちに勉強を教えてて、怪我や病気を治してくれるんだっけ。
こっちの世界の教会は学校と病院の役割に加えて、気象庁みたいな働きまでしてるのか。
「わたくしもそれほど詳しい訳ではありませんが、大司教や聖女の元に女神から慈悲の言葉が届くそうです。その言葉を広く民衆に伝えるのも、教会の役割の一つだとか」
「なるほどぉ……。そんな仕組みになってるんですね……」
女神のお告げが情報源なら、台風が来るのも確実なんだろう。
警報の信頼度はかなり高そうだ。
「……この屋敷は台風が来ても大丈夫でしょうか?」
「問題ありません。台風が接近した時点で、屋敷に備え付けの魔術具を動かしますので」
冬の城でちらっと聞いた、防御障壁みたいなものかな?
エミリーさんの表情は自信に満ちあふれてるし、台風ぐらいでは問題ないみたいだ。
「その辺の対応はまかせますから、何か困ったことがあるようなら早めに教えてください。僕にも魔力の供給ぐらいならできますから」
「お気遣い、ありがとうございます」
☆
工作室に移動して、冬の城の模型の修正作業。
途中でユーニスが見学に来たので、台風について質問してみた。
台風はずっと南の暑い地域で生まれて成長しながら北上してくるらしいが、細かい原理はわかっていない。
単なる自然現象とする説が多数派だが、暑くなると暴れ出す魔獣が台風を産み出しているという説もある。
もっと東にある国に比べると少ないが、イムルシアまで台風が来るのもそれほど珍しいことではない。
そのため、大きな教会や貴族の屋敷には、大雨や強風を抑えるための魔術具が備えられている。
こういう時のために、魔法を扱える使用人が普段から魔力を供給しているはずなので、台風が異常に強力だったり何日も停滞したりしない限り、屋敷の中にいれば問題ない。
女神の警報は滅多に外れない。
そして、警報が出るのは規模が大きい災害なので、誰もが真剣に対応する。
過去にも、警報のおかげで大規模な地震や火山の噴火から多くの命が救われたことが何度もあった。
「滅多に外れないってことは……。外れることもあるんですか?」
「警報が出たあとで女神が台風を消して、結果的に何も起きなかったことがあるらしいわよ。滅多にないケースでしょうけど」
「台風を消した……? 女神さまってすごいんですね……」
「基本的に女神は地上の問題に不干渉だけど、大きな問題が起きた時には助けてくれるって信じられているわ。だから、どこの国でも女神は人気だし、教会も信用されているのね」
「ちなみに、今回の警報を出してくれたのがどの女神さまか、ユーニスにはわかりますか?」
「そんなの、考えたこともなかったけど……。どういう意味かしら?」
「前にレムリエルさん……。魔法の女神に会った時、大陸の一部を見守ってるって聞いたので。イムルシアに警報を出してくれたのは、この辺りを担当している女神さまなのかなって思いまして」
「広く信仰されているのは八人の女神だけど、それぞれの女神がどの辺りを担当しているかまではわからないわね」
「そうですか……」
台風みたいに影響範囲が広そうな天災は、大陸全体を見守っている春の女神が担当してるのかも?
「ねぇ、ソウタ君。念のために言っておくけど、女神さまから聞いた話は、誰が聞いてるかわからないような場所で口にしちゃダメよ。教会関係者の耳に入ったりしたら、どんな騒ぎになるかわからないから」
「……そうなんですか?」
「そもそも、女神が大陸の一部を見守ってるって話からして初耳なんだから。そんな話は信じられないって、騒ぎ出す人が居てもおかしくないわ。まぁ、教会の関係者でも上位の者なら、その指輪を見せれば黙るでしょうけど」
ユーニスが見ているのは、僕が左手の中指に嵌めている指輪。
若草色の宝石が填まった指輪は、魔法の女神から連絡用にもらった物だ。
「それは女神の指輪……。教会でも、特別な人だけが着けている指輪よ」
「……災いから守る力があるから、ずっと着けておくのがいいって言われたんですけど、僕なんかが持ってて良いんでしょうか?」
「余計な心配はしなくて良いから、女神さまに言われた通り、ずっと身に着けておきなさい。きっと、あなたの助けになってくれるから」
☆
台風について、森に居るトパーズにも伝えておいた。
ちゃんと場所を選んで巣を作ってあるしシールドの魔法も使えるから、大雨や強風ぐらいなら問題ないそうだ。
よっぽどひどい時だけ、屋敷に来るらしい。
ひどくなる前に退避して欲しいけど、そこはトパーズの判断に任せよう。
夕方から徐々に風が強くなり、翌日の朝には屋敷の近くを台風が通過した。
僕が寝ている間に魔術具を発動させたようで、台風が近づいているのに全く気付かないで、朝までぐっすり眠ってしまった。
目が覚めて窓から外を見て、海が荒れていて木が大きく揺れてるのに、屋敷の中は静かなのが不思議な感覚だった。
昼過ぎには外も落ち着いて、いつもと変わらない感じになったけど。
ずっと森に居たトパーズも、問題なかったようだ。
アラベスもユーニスもマーガレットも、それほど気にしてなかったみたいだし、マイヤーはいつものように仕事をしてたようだし……。
あれっ? 台風を心配してたのは僕だけ?
でも、警報があったおかげで心の準備ができたのは確かだし、女神さまに会う機会があったらお礼を言っておこう。




