1 村長代行
ベテランのカルロと若いマルコ。
二人の猟師に案内されて、村の中を通る道を進む。
この辺りには人が住む建物が集まっていて、牛や山羊を飼うための建物は、尾根を一つ隔てた別の場所にあるそうだ。
山の上から見た時はすぐそこのような気がしたのに、ここまで下りてくる間に日が傾き、周囲はかなり暗くなっている。それでも、道のところどころに点いている街路灯のおかげで、足元があやしくなることは無かった。
岩積みの頑丈そうな土台。レンガを積み上げて造られた壁。
降雪対策なのか、屋根は中央の部分が高くなっている。
屋根の途中からぴょこんと飛び出ているのは暖炉の煙突だろうか?
村の中央にある村長の屋敷は周りの家々よりもずっと大きく、古くからの歴史を感じさせる建物だった。
「ただいまー! お姉さーん、おじいちゃん起きてる?」
先頭を歩いていたマルコが石段を駆け上り、重そうな木の扉をノックもせずにいきなり開けた。
カルロが驚いてないから、これはいつものことなのかな?
つまり、マルコはこの家に住んでて……村長の息子? 孫?
「そう言えば、坊やにはまだ説明してなかったな。マルコは村長の孫で、村長代行が可愛がってる甥っ子なんだよ」
「そうなんですか……。それで、村長代行とは?」
「数年前から村長は病気で寝込んでてな。今は娘さんが、村長の仕事を代わりにやってるんだが……。怒らせると怖い人だから、気をつけろよ」
「あっ、はい。わかりました」
マルコに続いてカルロと僕も、小声で話をしながら屋敷に入った。
胸に抱っこされたままルビィは、キョロキョロと室内を見回している。
古くて丈夫そうな家具。壁に掛かっているタペストリー。
入ったところはちょっとしたホールになっていて、隣の部屋に続く扉や、二階に上がる階段などがあった。
「おかえりなさい、マルコ。お父様なら、さっき寝付いたところで——あらっ、カルロさんまで。それと、こちらの方は……?」
「今日は親方と一緒に、森の見回りに行ったんだけど、そこで鉄爪熊が出て——」
「鉄爪熊⁉ あなた、大丈夫だったの……?」
奥の扉から現れた女性が、親しそうにマルコと話をしている。
肩にかかるぐらいの長さの赤い髪。
さっぱりとした動きやすそうなシャツ。
服の上からでもわかる、しっかりした体付き。
この人が村長代行かな? さっき、怒らせたら怖いって忠告された人。
「大丈夫。僕も親方も、キズ一つしてないよ。この人が助けてくれたから」
「そうなんですよ。恥ずかしい話ですが、俺の弓じゃ歯が立たなくて。そこを救ってくれたのが、こちらの坊やなんです」
「いえいえ。そんなにすごいことはしてないんですけど……」
彫りの深い目元。意志の強そうな眉。心配そうな表情も美しい。
僕より頭一つ分ぐらい背が高くて……なんとなく、体育会系っぽい?
バレーボールとかバスケットボールの選手が似合いそう。
「はじめまして。この村の村長代行をやっている、キアラです」
「はっ、はじめまして。僕の名前は創多です」
差し出された手に手を重ね、僕は素直に握手した。
至近距離から見つめられただけで、何故かドキドキしてしまう。
「よければ、詳しい話を聞かせてもらえますか? もちろん、マルコやカルロさんも一緒に」
「あっ、はい。わかりました……」
☆
小さなテーブルとソファが置いてある部屋に案内された。
村長代行が自ら、僕たちへとお茶を出してくれる。
カルロはこの部屋に慣れているようで、室内を見回すでもなく、堂々とした態度でお茶を飲んでいる。
話がはじまる前に、マルコは別の部屋から皿を取ってきて、犬たちだけでなくルビィにも水を与えてくれた。
昼間にあった出来事を村長代行へと、主にカルロが説明した。
見習いのマルコを連れて、朝から森の見回りに行ったこと。
その途中、滝壺の広場で見知らぬ少年を見つけたこと。マルコと一緒に話を聞いたが、詳しい話はわからなかった。
対応を考えていたところに突然、鉄爪熊が現れて、そのまま戦闘になった。
とっておきの矢が通じず、自分がおとりになってマルコを逃がすしかないと考えていたところで、白猫が大きくなって、大鷲の助けもあって、熊をあっさり倒してくれた。
自分たちが生きて帰れたのは、坊やが野獣使いだったおかげだと、途中からはマルコも話に加わって丁寧に説明してくれた。
ちょっと、話が大げさになってる気がするけど……。
いつの間にかカルロは、『坊や』呼びに戻ってるし。
僕って、そんなに若く見えるのかな? あとで、鏡で確認しよう。
「なるほど、よくわかりました。それで……ソウタさんでしたよね。二人の話を疑う訳ではないのですが、よろしければ、野獣使いの力を確認させてもらえませんか?」
「わかりました。良いよね? ルビィ」
「にゃあー……」
ちゃんと話の流れを理解しているのか。ひざの上で居眠りしていたルビィが可愛く鳴いて、ぴょんっと床に飛び降りた。
ゆったりと気怠そうに歩を進め、奥の空いているスペースに移動する。
「それじゃあ……。『大きくなれ!』」
ルビィの背中に手をかざしてキーワードを唱えると、可愛かった白猫がぐんぐん大きくなり、大人の豹ぐらいのサイズになった。
あれっ? 昼に熊と戦った時は、もっと一瞬でこれぐらいのサイズになった気がするけど……。その辺りはルビィが自由に選べるのかな? 暇な時にでも調べてみよう。
「ああぁぁぁおおぉぉー……」
「ひゃあんっ! あっ、あの……これは……。これって……」
「いやぁ……。昼間は何が起こったのかわからなかったが、見事なもんだなぁ」
「かっこいい……。本当にすごいですね……」
軽くルビィが吠えただけで、僕以外の三人から驚きの声が漏れた。壁際でくつろいでいた犬たちまでびっくりしている。
一つ、可愛い悲鳴が混ざっていた気がするけど気のせいかな?
ゆっくり、堂々とした態度で僕の近くに戻ってくると、ルビィは頭を撫でろというように首を伸ばした。
「くぅぅぅん……んんんん〜……」
頭の後ろと一緒に、アゴの下を強めに撫でてやる。
すっと眼を細めたルビィは、心の底から気持ちよさそうだ。
「あっ、ありがとうございます……。あなたが二人を救ってくれたと、よくわかりました」
「それでだな、村長代行。ここからが本題なんだが……坊やは、どこに行くのか決まってないようなんだ」
「それで、うちに泊まってもらおうと思うんだけど……。良いよね?」
「それはもう、もちろんです。どうぞ、いつまででも泊まっていって下さい。村人の命を救っていただいた、恩人ですから」
「ありがとうございます。助かります」
良かった……。今日はちゃんと屋根のあるところで眠れそうだ。
トパーズがどうなってるのか気になるけど……あれっ?
もう一匹の相棒を思い浮かべた瞬間、何故か脳裏に、のんびりくつろいでいる雰囲気が伝わってきた。距離と方角もなんとなくわかる。これは……僕たちが熊と戦った広場の近くかな?
お腹いっぱい? まったく心配ない? いつでも呼んで欲しい?
どうやら僕と相棒は、離れていても何かで繋がっているようだ。
これなら、トパーズも大丈夫かな……? いや、でも、これが僕の思い込みだったら困るから、明日にでも本当に呼んでみよう。
「マルコ、あなたはソウタさんを部屋に案内してあげて。私は歓迎の準備をするように伝えてきますから——」
「村長代行! 俺はそろそろ帰りますから、あとはお願いします。あっ、そうそう。坊やが倒した熊は明日の朝、猟師を集めて引き上げてきますよ」
「そっちはカルロさんにお任せします。あっ、でも。村に着いたら呼んでもらえますか? 私も、鉄爪熊を見てみたいので」
「わかりました。きっとみんな、大騒ぎになりますよ」
「親方。僕も引き上げを手伝った方が良いですかね? 明日はソウタさんに、村を案内しようと思ってたんだけど……」
「そうだな。少しでも知ってる相手が居た方が、坊やも助かるだろう。引き上げは何とでもなるから、村を案内すると良い」
僕がトパーズのことを考えている間に、他の三人は今後の方針を決めていた。
ルビィの喉からゴロゴロと、気持ちよさそうな音が聞こえてくる。
何も心配することがなさそうで、なんだかうらやましいぞ……。