2 城の模型
美味しい朝ご飯を食べて、ルビィを抱っこして工作室へ。
マーガレットが春の女神と会いたがっていた件について、グリゴリエルさんから連絡が入るかもしれないけど、他は特に予定も無いはず。
つまり、心置きなく粘土で遊べる日だ。
何を造ろうか考えていたら、何故か急に建物を作りたくなった。
高校生の頃、城のプラモデルにハマった時期があったけど、今の僕なら全て粘土で作れるのでは?
モデルにする城は……。ちょっと前に行ってきたばかりだし、妖魔の森にある冬の城で良いかな。
まずは、土台となる部分を作って全体の大きさを決めて……。その前に、一回り小さいサイズで検討用のモデルを作るか。
☆
軽い気持ちで城作りをはじめたのに、途中から夢中になってしまった。
高い城壁に鉄板が張られた門扉。石畳の通路に高い塔。
城の本体はいくつかのパーツに分けて、細かいところまで作り込んだ。
「ん〜……。ここで、もう一本腕があれば……腕?」
パーツを組み立てる途中で、ふと気が付いた。
今なら、魔法で腕を増やせるのでは?
「賢者の書に、動物に変身する魔法があったよね? あれを応用して、腕だけ増やすとか……できないかな? リンドウ」
『変身系の魔法でも腕を増やすことは可能ですが、今回の場合、身体強化系に属する翼を出す魔法を応用した方がやりやすいと思われます』
「……そんなの載ってたっけ?」
右手の腕時計に話しかけると、リンドウが心の声で答えてくれる。
実際に賢者の書を読んだのは僕だけど、僕が読み飛ばしたところまでリンドウはしっかり見ていたようだ。
『載ってました。宜しければ、実際に試していただけないでしょうか? 基本となる翼を出す魔法から、順番に試していただけると助かります』
「うん、良いよ。翼を出すなんて楽しそうだし……。でも、服は着たままで大丈夫? 破れたりしないかな?」
『破れた時は魔法で繕うので大丈夫です』
「……魔法って便利だなぁ」
話をしながら椅子から立ち上がり、空いているスペースに移動する。
リンドウから説明された通りに、呪文を唱えた。
「ウイング! ……なるほど、こうなるのか」
翼が生えるって聞いて、思い浮かべたのが鳩だったから?
灰色の地味な羽が背中に生えていた。
……どうやら、服は破れずに済んだようだ。
『成功しました。軽く羽ばたいてもらえますか? マスター』
「羽ばたくって……こうかな? うわっ! 浮いた‼」
動くところを想像すると、背中の羽が思った通りに動いた。
軽く羽ばたいただけで身体がふわりと浮き上がり、動きを止めると、そのままゆっくり降りていく。
……見た目は鳥の羽っぽいけど、浮力で飛んでるんじゃないのか。
『本来は空を飛ぶための魔法ですから。この魔法の発展系として、竜の翼を生やして高速で移動する呪文も載ってました』
「普通の人でも、翼を生やして空を飛べるのか……。でもこれって、多くの魔力が必要になるんじゃない?」
『問題ありません。現在の私の魔力からすると、誤差の範囲です』
「リンドウもすごいなぁ……。っと、ちょっと待っててもらえる?」
『了解しました』
リンドウは実験を続けたかったみたいだけど、その前に、僕は確認したいことがあった。
首に掛けていた勾玉を出して、オニキスに声をかける。
「オニキス〜。人間サイズになって」
「やー!」
「僕の後ろに回って……。ちょっと目を借りるよ」
「やー!」
目を閉じて、オニキスの目を使って自分の背中を観察する。
相棒たちの視界を借りるのにも、すっかり慣れたなぁ。
わざわざオニキスを出さなくても、テーブルの上で丸まっているルビィの目を借りた方が楽だったような気もするけど……。最初にルビィの視界を借りようとした時にうまくいかなくて、あれからなんとなく遠慮している。
見られたくないものがルビィにもあるんだろう。たぶん。
「そうじゃないかと思ったけど……。魔法で出した羽は、微妙に身体から浮いてるんだね。マイヤーの羽はどうなってるんだろう?」
「お呼びになりましたか? ソウタ様」
「えっ? マイヤー⁉」
慌てて自分の目を開けて確認すると、メイド服姿のマイヤーが立っていた。
「昼食の準備ができたので、お知らせに来たのですが……」
「もうそんな時間? それじゃあ、続きはご飯を食べてからにしようか」
☆
美味しい昼ご飯を食べて、食後のお茶を飲んで、少しゆっくりしてから工作室に戻る。
その間に、マイヤーに事情を説明して、翼を見せてもらうことになった。
「メイドの仕事とは関係ないと思うけど……。悪いね」
「主のために働くのがメイドの仕事ですから、お気になさらず……。それでは翼を出しますね。んっ……んふぅ……」
マイヤーの頬がほんのり赤く染まり、ピンクの唇から艶っぽい声が漏れる。
次の瞬間、メイド服の背中から、黒くて大きな翼が現れた。
「これって……。翼が出せるようになってる服なの?」
「はい、その通りです。天使族と悪魔族が有名ですが、他にも翼を持つ種族がいくつかあって、そういった種族向けの工夫が施された服になります」
エプロンの肩紐が邪魔にならない位置に、よく見ないとわからないスリットが入っていて、そこから翼を出してあるのか。
「そういうことか……。グリゴリエルさんの着てたタキシードも、背中から羽を出せるようになってたんだね」
「おそらく、そうだと思います」
「なるほどぉ……。種族として持ってる羽は魔法で出す羽と違って、背中から生えてるから服を工夫しないと駄目なんだね。あっ、もう良いよ! ありがとう、マイヤー。ずっと気になってたから、助かったよ」
「翼だけで宜しいのでしょうか? 他は……」
「他……? 他って、つまり……」
この話の流れで他の場所って言ったら、尻尾しか残ってないよね?
翼がマイヤーの背中から直接生えてるとすると、尻尾は——
「ああっ、いや! そっちは大丈夫だから。他は気にしなくて良いから、メイドの仕事に戻ってもらえる?」
「はい、わかりました。御用がある時は、いつでもお呼びください」
翼を仕舞い、何事もなかったかのようにマイヤーは部屋を出て行った。
テーブルの上でくつろいでいるルビィの目が、キラリと光ったような気がするけど……気のせいだよね。うん。
「えーっと……。あっ、そうか。城の模型を作ってる途中で、腕を増やす話になったんだっけ。なんとかなりそうかな? リンドウ」
『はい。マスターがマイヤーさんの翼を観察している間に、腕を増やす魔法を開発しました。いつでも実験可能です』
「さすがリンドウ。仕事が早いなぁ……」




