閑話休題 女神の独り言
あまりにも退屈だった毎日。
楽しみと言えば、遠くから世界を眺めるだけ。
本当は仕事があるんだけど、そっちは妹たちにお任せ。
そんな私の元に、突然男の子が訪れました。
私にぶつかって地面に落ちても、そのまま寝続ける大胆さ。
誰にも懐かなかった白猫に、あっさり気に入られる人の良さ。
どこの誰かもわからない人と話をするだなんて、お母様に見つかったらすっごく怒られそうだけど……。ここには私しか居ないし、見つからなければ大丈夫でしょう。
目を覚ます前から予想していたとおり、その男の子は、見た目も声も態度も言葉遣いも、私の好みにぴったりでした。
えっ? 異性と話すのが久しぶりで、舞い上がってただけだろうって?
ちょっと、シロ。あなたは少し黙ってて。
あなただってあの子が気に入ったから、名前を受け入れたんでしょう?
仲良くジュースを飲みながら、男の子と話をしました。
元々の世界では大人として扱われる年齢だったみたいだけど、私から見たら男の子で良いでしょう。そうしましょう。
話の流れで粘土細工の腕前を見せてもらいましたが、お母様にも負けないぐらい見事でした。
召喚魔法の影響で、長く話せなかったのが残念ですけど……。短い時間でも、私と彼の間にはしっかり縁が結ばれました。
最後の最後で名残惜しくなって、引き止めて長話してしまいましたが……。
その影響で召喚元との位置と時間が、ちょっとだけずれちゃったような気もしますが……。仕方がないですよね? てへっ。
ちょっと、シロ。呆れたような顔でこっちを見るのはやめて。
あなただってギリギリまで、背中を撫でてもらってたでしょう?
そのまま、付いていきそうな雰囲気だったでしょう?
その男の子の名前は、天城創多。
創多さん……。いつかあなたが、ここから私を出してくれる。
そんな予感がするのです。
☆
深い森特有の湿った空気。明るい木漏れ日。
肉球で感じる、乾いた落ち葉が割れる感触。
白猫の身体を借りる形で、私も異世界の森に到着しました。
召喚元へ送り届けた後は、遠くから見守るつもりだったのですが……。やっぱり、それはちょっと無責任な気がしまして。
えっ? 最初っからそうするつもりで、あの子に粘土をプレゼントしたんだろうって?
ちょっと、シロ。自分は手を出せないからって、嫉妬しないで。
五感を共有してあげるから……。これで良いでしょう?
優しく、眠っている創多さんを起こします。
なんだか、私の世界で会った時より若返ってるような気がするけど、気のせいよね? 気のせいじゃない? 服装と荷物は私からのプレゼントだけど……年齢は召喚魔法の影響かしら?
……そういうことにしておきましょう。決して、私の願望が勝手に働いた訳ではないわよね?
あらっ? この白猫にも名前を付けてくれるのですね。
ルビィ……。良い名前です。
白猫の本体も喜んでいるようで、感謝の気持ちが伝わってきます。
それは良いのですが……唇を舐めるのはどうなのかしら?
これって、キスになってない? 猫だから大丈夫? 本当に?
背中を撫でられただけでこんなに気持ちいいのは、ルビィさんが創多さんを気に入ってるから? それとも、動物の扱いがよっぽどうまいのでしょうか。
創多さんと一緒に山歩き。
自然の森を肌で感じるのは何年ぶりでしょうか?
ただ、自然の森には危険も伴います。こっそり私たちの身体に、虫除けの魔法を使っておきます。
火を起こす時も私が魔法で点けました。暗くなってからは照明の魔法で足元を照らしました。
決して、その手の道具を入れ忘れたのが恥ずかしかった訳じゃないですよ?
シロ……。こういうところは突っ込んでくれないんですね。
その日の夜。
ぐっすり眠っていた創多さんが、寒さで目を覚ましました。
魔法で洞窟全体を暖めるという手もありますが、ここは……。
目を合わせただけで創多さんは、私の考えを読み取ってくれたようです。
大きくなって豹の身体になって、震えていた創多さんを暖めます。
異性と抱き合って眠るなんて初めての経験で、ドキドキしたのは秘密です。
ちょっと、シロ。どうしてあなたまで、恥ずかしそうにしてるんですか?
まさか……。
☆
次の日の朝。
眠っていた創多さんを優しく起こしました。
今日中にも創多さんはこの世界の人と出会い、そこから先は自分の力で生きていけるはずです。
確実な予知ではありませんが、そんな予感がします。
ですから私は、そろそろルビィさんの身体を離れて——
えっ? もう少し、ここに居ても大丈夫? ルビィさん、本当ですか?
その代わり……身体を使わせてあげるから、ご主人さまの役に立つ魔法を教えて欲しい?
あっ、はい。わかりました。
そうですよね。許可も取らずに身体を借りた、私の方が悪いですよね。
ちょっと、シロ。どうしてあなたが、大きくうなずいてるのかしら?
ルビィさんに、基本的な魔法を教えてあげました。
どうも、基本だけでは満足されなかったようで、ちょっと強力な魔法もサービスしておきました。
でも……。あなた、産まれたばかりですよね? どうしてそんな知識を……。
えっ? 私が創多さんとイチャイチャしてる間に、シロさんから教えてもらったですって⁉
そっ、そんなことはないですよ。イチャイチャだなんて、そんな……。
しばらくシロは、ご飯抜きですね。そうしましょう。
ここまで来る間に、何かきっかけがあったのでしょう。
私がルビィさんやシロと話をしている間に、創多さんは粘土で大鷲を造っていました。
作業をじっくり見られなかったのが残念ですが、見事な腕前です。
今にも動き出しそう……。そう思っていたら、生命創造にもあっさり成功しました。
大鷲の名前はトパーズと言うそうです。ルビィさんの妹ですね。
私が知っている大鷲とは、どこか微妙に違うような気もしますが……。
ルビィさんはとても、嬉しそうにしています。
☆
トパーズさんを歓迎している間に、猟師らしい人が近づいていました。
もちろん、私は気が付いていましたけど。……本当ですよ?
創多さんは落ち着いた態度で対応し、情報を交換しています。
おや? もしかして……。猟師が連れてきた犬が気になるんでしょうか?
会話の間にもさりげなく、お座りしている犬を観察しています。
もう一人、若い猟師が広場に現れましたが、やっぱり創多さんは連れている犬が気になるようです。
ついさっきトパーズさんを造ったばっかりで、もう次の相手を考えているのですか? もっと他に、やるべきことがありませんか?
たとえば、猫の背中を撫でるとか……。
微妙に、ルビィさんの機嫌が悪くなってるような気がしますよ?
あらっ……。この気配はなんでしょう?
トパーズさんも気が付きましたか。上空から鋭い鳴き声が響きます。
どうやらお腹を空かせた熊が、私たちを見つけたようです。かなり速いペースでこちらに近づいてきます。
しかし、図体が大きいだけで神経は鈍いようですね。私が居るのに気付かないとは。
えっ? わかる訳がないだろうですって?
ちょっと、シロ。ここは緊張する場面ですから、少し黙っててもらえますか?
まったくもう……。こういうところは誰に似たのかしら?
さて、気を取り直して。創多さんをお助けしないと。
ここはやっぱり私が……。あらっ? ルビィさん?
ご主人さまのお役に立ちたいって、本気ですか?
……わかりました。その目は本気の本気ですね。
では、ここはお譲りします。いざという時はお助けしますから、ここは思い切って、お好きなようにやってみて下さい。
まだ慣れてない豹の身体を自由自在に扱って、ルビィさんは大きな爪の生えた熊を翻弄しています。
ネコ科に産まれた本能なのでしょうか? 少しだけですが、私よりも動きが滑らかかもしれません。
いえ、べつに。嫉妬なんてしてませんよ? 本当ですよ。
楽しそうな表情で眺めているシロが気になりますが……。詳しい話は後で問い詰めることにしましょう。
いきなり熊の目に、大鷲の羽が刺さりました。
トパーズさんも参戦するのですね。
……大鷲って、そんなこと出来ましたっけ? 地面から一定の距離で浮いてるのも、おかしいと言えばおかしいですよね?
えっ? これも、ご主人さまのおかげですって?
さすが創多さん。すごいですね。『すごい』のひとことで片付けて良いのかどうか、私にはわかりませんが……。良いことにしましょう。
最後はルビィさんが雷の魔法でトドメを刺しました。
ついさっき、私が教えた魔法のハズですが……。ルビィさんはすでに、回りに影響しないように範囲を絞って、その代わりに威力を上げるような工夫を見せています。
これって、二尾魔猫のシロをモデルにしたからでしょうか? この件も、後でシロに聞くことにしましょう。
無礼な熊を退治して、創多さんは猟師の人たちに受け入れられたようです。
これで、私の出番も終わりに——
えっ? ときどきで良いから様子を見に来て欲しいですって?
ルビィさん、本当ですか⁉ それはむしろ、私の方からお願いしたかった話ですが……。
ああっ、なるほど。もっと魔法を教えて欲しいんですね。
わかりました。役に立ちそうな魔法を多めに用意しておきますから、これからもよろしくお願いします。
ちょっと、シロ。私がルビィさんと交渉してる間に、トパーズさんとお話ししてましたよね? まさか、産まれたばかりのトパーズさん相手に、あやしい約束はしてないでしょうね?
まったくもう……。こういうところは誰に似たのかしら?




