8 帰還魔法(後編)
美味しい夕飯をごちそうになりながら、マーガレットから転送魔法を探している理由を説明してもらった。
遙か昔。冬の城がある地域が、ルナトキア王国と呼ばれていた時代。
森にはまだ、普通の木々が生えていて、エルフの集落が点在し、地下にはドワーフの集落があった。
森の周りにはリザードマンやケンタウロスも住んでいて、複数の種族が争うこともなく平和に暮らしていた。
しかし、魔族同士の争いから始まった戦争が大陸全土を襲い、この地域も戦争に巻き込まれる。
自分の家族を守ろうと、強力な精霊を召喚した精霊使いが矢に撃たれ、残された精霊が暴走した。
「千年闇の森で、ソウタ君も見たのでしょう? 主を失ったゴーレムが、どんな事態を引き起こすのか」
「それって……。それじゃあ、主を失った精霊が暴走して、妖魔の森ができたんですか? その一体だけで?」
「そういうこと。暴走した精霊は今でも地下をうろついていて、いつ地上に出てくるかわからない……。その時に備えて、私はここに居るのよ」
「そんな精霊がいるなんて……。すごいですね……」
トパーズに乗って上空から見たからわかるけど、妖魔の森はかなり広い。
中心部の妖しい木々が広がってる範囲だけで、バラギアン王国の北東地方と南東地方を併せた面積より広いと思う。
グリゴリエルさんの説明だと、アイアンゴーレムが魂を引き止めて、その影響で千年闇の森ができたんだっけ。
妖魔の森は千年闇の森の何百倍も大きいけど……。これが全部、引き止められた魂の影響? それとも僕が知らないだけで、他にも理由がある?
……そんなにすごい精霊を、マーガレットはどうにかできるのかな?
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。完全に出てくる前なら……顔を出したぐらいなら、私の力で押し返せるから」
「それはそれで、すごいですね……」
心配になったのが顔に出てたかな?
迷子の子どもに声をかける時のような笑顔で、マーガレットがにっこり微笑んでくれた。
「だからね。何かあった時に急いで城まで帰るために、転送魔法が使えるようになると助かるの。一応、転送に使える魔術具は持ってるんだけど、使ったらそれまでの使い捨てで、残りが少なくなってきて……。困ってたのよね」
「わかりました。何とか出来ないか、リンドウに相談してみます」
☆
『マスター……。起きてください、マスター……』
しっとりと落ち着いた雰囲気の女性の声が、頭の中から聞こえてくる。
前にもこんなことがあった気がする。つまり、この声は……。
「この声は……。リンドウ、だよね……?」
『おはようございます。マスター』
ふかふかのベッド。肌触りの良い毛布。胸元で丸まっているルビィ。
昨日の夜はマーガレットからもらった本に軽く目を通しただけで、早めに寝たんだっけ。
「もしかして……。何かあった……?」
『昨日、マスターがお話になっていた、帰還魔法を開発しました。そこで、実際に使えるのかテストしたいのですが……。お願いしても宜しいでしょうか?』
「……えっ? えーっと……。もう、できたの……?」
『マスターに読んでいただいた、賢者の書が参考になりました。元々、転送魔法の応用ですから、それほど難しくなかったです。帰還魔法は機能が限定されている分、必要となる魔力も少ないので、いつでも実験可能です』
……ちょっとだけ早口になってる?
言葉の端々から、リンドウのやる気が伝わってくる。
「それじゃあ、僕が起きてから……。ついでに、ユーニスやマーガレットにも見てもらって……。そんな感じで、良いかな……?」
『ありがとうございます!』
「それで……。今、何時かわかる……?」
『現在、午前四時五十八分です』
「んー……。僕はもう少し、寝るから……。おやすみ……リンドウ……」
『おやすみなさいませ。マスター』
☆
軽く二度寝して、いつもと同じぐらいの時間に目が覚めた。
熱いシャワーを浴びて、リビングルームへ。
眼鏡をかけたメイドさんが食事の用意をしてくれた。
冬の城でも僕の屋敷でも、ずっとマイヤーにお世話してもらってたから、ちょっとだけ違和感。
前に泊まった時と同じように、朝ご飯は美味しかったです。
食事を終えたところでメイドさんに頼んで、ユーニスとマーガレットを呼んでもらった。
「おはようございます。ソウタ殿」
「おはよう、ソウタ君」
「おはよう〜。朝から呼び出すだなんて、何があったのかしら? もう、帰還魔法ができたとか?」
二人を呼んでもらって、僕の部屋に来たのはアラベスとユーニスとマーガレットとパーカーの四人だった。
マーガレットの後ろに控えているパーカーはわかるけど、アラベスは……。
城に着いてからすっかり忘れてた。今まで、何をやってたんだろう?
「あっ、はい。帰還魔法ができたので、見てもらおうと思って」
「私は冗談で言ったんだけど……。本当に?」
「ちゃんと使えるか、これからテストするところなんです。見ててもらっても良いですか?」
「もちろん良いわよ! さぁ、見せて見せて」
マーガレットは乗り気だけど、ユーニスはちょっと引いてる?
魔法に詳しい賢者の方が、リンドウのすごさがよくわかるのかな。
「最初に、戻ってくる場所を設定します。……ホームポジション!」
リンドウに教えてもらった通り、軽く腕を振りながら呪文を唱えた。
リビングルームの床に、ほんのり輝く魔方陣が浮かび上がる。転送魔法の魔方陣と比べると、ちょっと小さめ。
……これって、腕を振る動きは必要なのかな?
「すごぉい……。さすがソウタ君ね」
「そんな、あっさり……。これを、一晩で構築したの?」
エルフの女性二人は同じような顔で驚いてるけど、パーカーは顔色一つ変えて無い。そして、アラベスのドヤ顔がちょっと気になる。
「あとは帰還の呪文を唱えるだけで、どこからでも、ここに帰ってこられるはずなんですけど……。隣の部屋から試してみますね」
「呪文を唱えるところを見せてもらっても良いかしら? マーガレット様はこちらに居てください」
ベッドルームへ移動する僕に、ユーニスがついてきた。
これも確認作業の一環なのかな?
ユーニスがしっかりドアを閉めて、薄暗い部屋に二人っきりになる。
真剣な表情で至近距離から見つめられると、緊張するんだけど……。
とっととテストを終わらせてしまおう。
「帰る時は、呪文を唱えるだけで良いそうです。……リターンホーム!」
一瞬で視界が白く染まり、沈んでいくような浮き上がっているような、謎の感覚に襲われる。
次の瞬間僕は、元のリビングルームにいた。
驚いた顔のアラベスとマーガレット。
ベテラン執事さんのびっくりした表情が新鮮で嬉しい。
「どうやら、成功したみたいで——うわっ!」
「ソウタ君っ!」
話をしている途中で足元の魔方陣がすーっと消え、五センチほどの高さから落ちてしまう。
慌てて足を出して逆に転けそうになっていた僕を、マーガレットが優しく抱きとめてくれた。
「あっ、ありがとうございます。まさか、勝手に魔方陣が消えるとは……。一回しか使えないって、こういう意味だったのか」
「クスッ……。事前に知ってれば、落ち着いて降りる時間はありそうね」