7 帰還魔法(前編)
午後のお茶の時間は過ぎたけど、夕食には少し早い時間帯。
前に泊まった時と同じ部屋へと通された僕は、何故かユーニスから質問攻めにあっていた。
「最初の一回は、特に多く魔力が必要だったのね? 具体的にはどれぐらい必要だったのかわかるかしら?」
「えーっと……。僕の魔力に換算して、五十人分ぐらいだそうです」
心の声でリンドウに尋ねて、答えをユーニスに伝える。
ノートに返事を記録するユーニスの姿は、まるで、どこかの研究室に所属している研究員……。と言うより、マッドサイエンティストっぽい?
「ソウタ君五十人分ね……。五十人分⁉ これは……なるほどぉ……。簡単には覚えられないように、わざと高く設計されてるのね」
「それって、びっくりするような値なんですか?」
「わかりやすく説明すると……。私はエルフで、人間に比べると魔力が多い種族なの。その上、冒険者として経験を積んで扱いに慣れてるから、そうでない人より多くの魔力が扱える……。ここまでは良い?」
「あっ、はい。わかります」
元の世界で遊んでたゲームでも、種族に応じて魔力が違ったり、職業ボーナスで扱える魔力が増えるシステムは珍しくなかった。
この世界の魔力も、あれと似たような感じなんだろう。
「そんな私でも、ソウタ君に換算して……六倍ぐらいの魔力かしら? 扱う技術には大きな差が出るけど、元々の値にはそれほど差が出ない……。魔力ってそういうものなのよ」
「そうなんですね……」
「つまり、ソウタ君の五十倍もの魔力が必要となると、普通の人が転送魔法を覚えるのは不可能……。天使族でも無理そうだけど、おそらく、何か秘密があるんでしょうね。覚えるための施設とか、扱いやすくなる魔術具とか」
「リンドウも最初は魔力が足りなかったみたいで、オニキスに借りたって言ってましたね」
「魔力を借りた……? 転送魔法を使った後で、足りなくなった魔力を回復してもらったって話じゃなくて、先に借りてたの?」
「えっ? えーっと……。んー……。今、リンドウに確認したんですけど、事前に借りておいたそうです」
「事前に魔力を増やすにしても、限界があるはずなんだけど……。同じマスターに造られたゴーレムは、魔力を自由にやりとりできる? それとも、ソウタ君の造ったゴーレムが特別なのかしら? これも、研究してみたいわね……」
メモをとっているユーニスの目が妖しく光った。
もう、魔力のやりとりは実験済みで、僕は答えを知ってるけど……。
ここで教えてあげるべき? 研究するのを楽しみにしてるみたいだし、聞かれるまでそっとしておくのが正解か?
ここはやっぱり——
「おまたせ〜。どう? ユーニス。転送魔法は使えそう?」
ちょうど、僕がユーニスに声をかけようとしたタイミングで、マーガレットが部屋に入ってきた。
「想像してた以上に、学習コストが重いですね……。何か良い方法が見つからない限り、マーガレット様でも使えるようになるのは難しいと思われます」
「パーカーのお説教を聞き流しながら考えたんだけど、私の場合、転送魔法じゃなくても良いと思わない?」
「どういう事ですか?」
「何かあった時に、急いで城まで帰ることができればそれで良いのよ。前に調べてもらった時、転送魔法の応用で、使い道が限定された魔法もあるって言ってたでしょう?」
「帰還魔法の話ですね」
ユーニスとマーガレットが真面目な表情で話をしているのを、僕は横で聞いてたんだけど……。『お説教を聞き流しながら』ってどういう事だろう?
パーカーさんも、いろいろ苦労してるのかな。
「転送魔法を使えるのは、ソウタ君の造ったゴーレム……。確か、リンドウさんって言うのよね? その子に帰還魔法を開発してもらって、私たちに教えてもらうのが一番早いんじゃないかしら?」
「機能が限定されている魔法なら、学習コストも使用コストも抑えられるでしょうが……。転送魔法の時点で高レベルなのに、自力で発展させるのは難易度が高すぎませんか?」
「でも、一回見ただけで転送魔法を覚えたんでしょう? もう、転送魔法を使うのにも慣れてるようだし、応用だと考えれば……。どうかしら?」
話をしながらチラチラと、ユーニスが僕の方を見てくる。
マーガレットの視線はあからさまに、何かを期待しているようで……。
「えっ? えーっと……。その、帰還魔法について、もう少し詳しいことはわかりませんか? どんな風に使うのか、とか……」
「パーカー!」
「はい。お嬢様」
マーガレットが名前を呼ぶのと同時にドアが開き、きっちり隅々まで服装を整えた執事が入ってきた。
……ずっと、ドアの前で待ってたのかな? それとも別の部屋にいて、呼ばれてから駆けつけたの?
一瞬でここまで来られるんだったら、転送魔法は要らないような……。
「賢者の書をとってきて。転送魔法が載っている本よ」
「了解しました」
急いでいるようには見えないのに、あっという間にパーカーさんは部屋を出て行った。
ベテランの執事ともなると、これぐらい普通なんだろうか?
「こちらで宜しいでしょうか?」
「そうそう、それそれ……。それを、ソウタ君に渡して」
戻ってきたパーカーさんから、分厚い本を手渡された。
図書室の本棚で、下の方にずらっと並んでいる百科事典ぐらいのサイズ。
片手で持つには厳しいほど重く、革張りの表紙には豪華な装丁が施され、表紙を閉じるためのベルトには赤い宝石が填まっている。
「ユーニス。この本はあなたの方が詳しいでしょう? ソウタ君に読み方を説明してあげて……。ソウタ君って、こちらの文字は読めるのかしら?」
「たぶん、大丈夫だと思います。食事のメニューは読めますし、村長の家にあった絵本も読めたので」
手渡された本をテーブルに置き、ボタンを外して表紙を開く。
そこには、美しい女性の姿が描かれていた。
ぱっと見の印象は……女神さま、かな?
見たことが無い人だけど、なんとなく、そんな気がする。
「先頭に目次があって……。基本的な魔法の一覧、それぞれの応用系、高レベル魔法に特殊な魔法って感じで並んでるのね。どんな魔法があるのかを紹介した本だから、説明は少ないんだけど……。どう? 読めそう?」
「大丈夫……。僕にも読めそうです」
横からページをめくりながら、ユーニスが内容を簡単に説明してくれた。
……気のせいかな?
右手の指輪から興奮してるのが伝わってくるんだけど……。
うんうん。わかったよ。じっくり読んでみたいんだね。
「転送魔法はかなり後ろの方に載ってたはず……。これね」
「あっ、これですね。それで……この本って、借りて帰っても良いですか?」
転送魔法について書かれたページに目を通しながら、リンドウの要望をマーガレットに伝えてみた。
駄目なら、気になるところだけでも写させてもらわないと……。
「その本はソウタ君にプレゼントするから。ゆっくり研究してみて」
「えっ? でも、これは貴重な本なんじゃ……?」
「これと同じ本は何冊あったかしら? パーカー」
「三十三冊です。お嬢様」
「そういうことだから、ソウタ君は気にしなくて良いのよ」
「……念のために言っておくけど、貴重な本なのは間違いないのよ? 遺跡やダンジョンで見つかったら、かなりの値がつくし……。たまたまそれが、ここにはいっぱいあるだけだから」
「あっ、はい。わかりました……」
苦笑いしながらユーニスがフォローしてくれたけど……。
伝説の英雄が住んでる城なら、これぐらい普通なんだろうか?