4 マーガレットと春の女神
急に立ち上がったマーガレットを見て、僕だけでなくユーニスやアラベスまで驚いている。
「あっ、はい。春の女神も浮島に居て、四季の女神の三女だって紹介されましたけど……。それが、何か……?」
「それで、春の女神はどんな様子だったの? お元気そうだった?」
「様子は普通だったというか、特に問題ないように見えましたが……。ルビィにじゃれつかれて、楽しそうにしてましたよ」
「にゃあぁぁ〜」
テーブルの端の方で丸まっているルビィも、僕の話を肯定してくれた。
……女神でも体調を崩したりするのかな?
なんとなく、怪我や病気とは縁がないような印象だけど。
「そうか……それなら良かった……。ああっ! ごめんなさい。まさか春の女神の話を聞けるとは思ってなかったから、話を遮ってしまったわね」
「マーガレットさんと春の女神は、その……。どんな関係なんですか?」
ユーニスやアラベスも興味があるのかな?
少し前のめりの姿勢になって、話を聞いている。
「それは……。まだ私が若かった頃、私を助けてくれた賢者様がいたのね。すごくお世話になったのに、ちゃんとお礼を言う前にその人は姿を消して。あれからずっと探してたんだけど……」
「それってつまり、その賢者が……?」
「春の女神が降臨して、私たちを助けてくれたんだと……。今ではそう、信じているの。……最後の決め手はただの勘、なんだけどね」
そう言ってマーガレットは、少し寂しそうに微笑んだ。
……マーガレットさんと会うのはまだ二回目だけど、ユーニスやアラベスの先輩らしいし、正体はあの人だろうし、力を貸してあげるべきだよね?
ちょっと唐突すぎるかな?
「マーガレットさんさえ良かったら……。春の女神と会えないか、聞いてもらいましょうか?」
「聞いてもらう、とは……?」
「この指輪で天使のグリゴリエルさんと連絡が取れるので、魔法の女神に取り次いでもらえば……。聞くだけ聞いてもらうのは可能だと思うんです」
話をしながら左手をテーブルの上に出して、若草色の宝石が填まった指輪を全員に見せる。
「それって、女神の指輪なの? どうしてソウタ君が、そんな物を……」
「ソウタ殿が最初に浮島に行った時、魔法の女神から頂いたそうです」
「女神の指輪であるのは間違いありません。天使の方と、何度もやりとりされてましたから」
マーガレットさんが驚いているのはわかるけど、どうしてアラベスとマイヤーは何かを悟ったような笑顔になってるのかな?
「ソウタ君ったら……。本当に、何でもありなのね」
「僕は何もしてなくて、連絡用にってもらっただけなんですけど……」
ユーニスは笑ってるけど……。
微妙に呆れられてない? 気のせいかな?
「それで……。女神と会えないか、聞いてもらう話はどうしますか?」
「ソウタ君さえ良かったら、お願いしても良いかな? もう、私にできることは残ってないし、これで駄目なら……。その時は諦めもつくと思うから」
「わかりました。では、失礼して……。皆さんは話を続けてて下さい」
他の人に軽く声をかけて、僕は席を立った。
グリゴリエルさんに送るメッセージを考えながら、部屋の隅へと移動する。
……みんなが話をしてるところで一人だけ電話をするのって、マナーが良くないよね?
前にユーニスもメッセージを送る時は席を外してたし、通信水晶も同じような感覚なんだろう。たぶん。
「ソウタ君って……。ときどき、驚くぐらい思い切りが良いのね」
「ときどきというか、いつもこんな感じですよ。ソウタ殿は」
「慣れたと思っていても、驚かされるようなことばかりです」
後ろから聞こえてくる声も気になるけど、その前に、伝えないといけない内容を短くまとめて……。
「グリゴリエルさん、こんにちは。天城創多です。お願いしたいことがあって連絡しました。僕の友人のエルフの女性が、春の女神に会いたいそうです。身元は僕が保証しますので、お手数ですが取り次いでもらえないでしょうか? よろしくお願いします」
こんな感じで良いだろう。では、送信っと。
……ちゃんと送れたかな? リンドウ。
『はい。無事に送信が完了しました』
「あっ……。マーガレットさんの名前を入れるべきだった? まぁ、でも、名前を聞かれたら、その時に答えれば良いかな……」
メールを送った直後に書き忘れたことに気付くって……。
元の世界でのクセが、まさか異世界に来てまで出るとは。
ほんのり落ち込んでいたら左手の指輪に填まっている石に、赤い文字で天使の名前が浮かび上がった。
「こんにちは、ソウタ殿。グリゴリエルです。ソウタ殿のご友人を春の女神に取り次ぐ件ですが、私の方から魔法の女神に話をしてみます。すぐに、と言う訳にはいきませんので、しばらくお待ちください」
……返事が早いなぁ。
天使の人が暇してるってことも無いと思うけど。
あれ? でも、アイアンゴーレムを倒した時も、グリゴリエルさんはすぐに地上まで降りてきたし……。まさかと思うけど、本当に暇なのかな?
「とりあえず、用件は伝えておきました。いきなり却下されるようなことはなかったですけど……。しばらくは返事待ちです」
「ありがとう、ソウタ君。たとえ春の女神と会えなくても、ここまでしてもらっただけで、私はもう十分よ」
元の席に戻り、マーガレットさんに状況を報告しておいた。
ほんのり赤く染まった頬。
うるうると潤んでいる灰色の瞳。
こんな表情を浮かべた綺麗なお姉さんに感謝されるのなら、転送魔法で浮島に押しかけても良い……。いや、それはさすがにやり過ぎかな。
「ふにゃあぁぁ〜」
テーブルの端の方から、可愛いあくび声が聞こえてきた。