2 ピクニック(後編)
翌日。いつもと同じ時間に朝食を終えて、リュックを背負って屋敷を出た。
ピクニックに行くメンバーは全部で八人。
屋敷で働いている人をまとめてくれているエミリーさん。
若いメイドの女性。執事の男性。下働きの男性が二人。
この五人に加えて僕とアラベスとマイヤーが乗り込んで、荷物もそれなりに載せたけど、トパーズの背中にはまだまだ余裕があった。
ロック鳥の姿になったトパーズはいつも大きいけど、今日は、いつもよりもっと大きいような……。
えっ? その気になれば、もっと大きくなれるの? 本当に⁉
ああっ、いや。今日はこれぐらいのサイズで大丈夫だから。
それじゃあ、出発しようか。
僕がトパーズに乗って移動するのを何度も見たから、かな?
始めて乗った人たちも、それほど驚いてないようだ。
……高いところが苦手な人は、最初っから乗るって言わないか。
エミリーさんが決めた目的地は、僕たちが住んでいる屋敷の東。
どんな場所なのか詳しく聞いてなかったけど、深い森や岩山を上空から眺めていたら一時間ほどで、海の近くにある小さな村が見えてきた。
キラキラと輝く綺麗な海。沖合に見える小島。
……ここは、漁で生計を立てている村なのかな?
目の前に遠浅の砂浜が広がっていて、それほど大きくない木製の船が何艘も並んでいる。
トパーズには村の手前にある草原に降りてもらった。
下働きの男性が荷物を降ろし、僕がくつろげるようにメイドの女性やマイヤーたちが準備を進める。
……見てるだけなのは落ち着かないけど、僕が手伝ったら逆に、働いてる人たちが落ち着かないんだろうなぁ。
仕方がないので手を出す代わりに、いろいろと話を聞いてみた。
……なるほど。
あの村が、一緒に来た下働きの男性の故郷なんだ。
直線距離は近いけど陸路だと遠回りになる場所で、ここ数年、二人とも帰省できてなかったと。
下働きの男性のうち、若い方の人……。二十代前半くらいかな?
確か、工作室に棚を作ってくれた人だよね? あの時は助かりました。
うんうん。僕たちのことは気にしなくて良いから、実家に帰って両親に顔を見せてあげなさい。
客観的にみたら、ここに居る人間の中で僕が一番年下だけど、こう見えても屋敷の主だし、これぐらい言っても問題ないだろう。
……問題ないよね?
下働きの男性のうち、年上の方の人……。この人は四十代後半ぐらい?
あなたは村に帰らなくても良いの?
あとで、ちょっとだけ顔を出してくるのね。わかりました。
……えっ? この村はアサリが美味しいことで有名?
この時期なら夏牡蠣も期待できる?
遠浅の海で、ヒラメやカレイやキスが釣れる?
エミリーさん! どれも僕の好みなので、こちらの男性にお金を渡して、多めに買ってきてもらって——
あっ、はい。細かい交渉はお任せします。
今日はすごく天気が良いけど、執事さんはその服装で暑くないの?
上下とも黒のスーツに白い手袋にネクタイまで締めて……。
夏物だから大丈夫? 本当に?
見てるだけで暑そうだし、無理はしないようにね。
横に居る若いメイドの人も、せっかくのピクニックだし、ゆっくりくつろいで良いんだよ。
……それで、どうしてルビィは豹の姿になってるのかな?
背中に乗れってこと? それは良いけど、村の人を驚かせないようにね。
えっ? 急に走り出して、どこに行くの?
ちょっと! 速い! 速いよ‼
軽く走ってるつもりなのかもしれないけど、それでも、高速道路を車で走った時と同じぐらいスピードが出てる気がする。
このまま進んだら、岩山にぶつかるんだけど……えっ?
勢いよくルビィがジャンプしたかと思うと、何もない空中でジャンプを繰り返して、あっという間に岩山の頂上まで登っていた。
……こんなこともできるの? アクションゲームかな?
「あああぁぁぁぁおおおぉぉぉん……」
「ピーゥ! ピーゥピーゥ……」
岩山の上から海に向けて、気持ちよさそうに吠えているルビィ。
大鷲の姿に戻ったトパーズが、僕たちの頭上をすーっと横切る。
……たまには、こういう時間も必要なのかな?
相棒たちも楽しそうだし、ここに来たのは正解だったか。
☆
しばらく吠えて満足したのか、ルビィは荷物が置いてある場所まで僕を素直に送ってくれた。
マイヤーが用意してくれたお弁当で昼ご飯。
サンドイッチは僕の好きな具材ばかりで、とても美味しかったです。
村に帰っていた下働きの男性が、大きな西瓜を持って戻ってきた。
みんなで食べるようにと、母親に持たされたそうだ。
マイヤーが魔法で冷やして、アラベスが魔法の剣でカットして、みんなでごちそうになった。
……魔法の剣をそんなことに使って大丈夫?
使えるものは何でも使うのが、良い冒険者なの?
そういうものなのかな……。何か、ごまかされたような気もするけど。
目の前に綺麗な砂浜が広がっていて、頬に当たる潮風も心地良い。
これが漫画やアニメなら、アラベスやマイヤーが水着姿になって、サービス回になるんだろうけど……。現実には、そうそううまくいかないな。
しばらくのんびりしたところで荷物をまとめ、来た時と同じようにトパーズに乗り込んで、日が暮れる前に屋敷へと帰った。
夕飯に出た牡蠣料理は、どれもとっても美味しかったです。